第32章 好きだから・前編〜明智光秀〜
「悪かったな、お前を巻き込んで」
「それは、別にいいんです。光秀さんのせいじゃありません」
「…ほう。ならば、何をそんなに怒っている」
「だって…」
私が口籠もると、光秀さんは静かに私の言葉を待った。
光秀さんはそうやって私を急かさないからつい、心の内まで話してしまう。
「…光秀さんは、勘違いされて嫌じゃなかったんですか」
「何がだ」
「私と恋仲なんて。…全然違うのに」
「なぜ、それがそんなに引っかかっている」
「光秀さんの本当の恋仲の方に申し訳ないというか…なんというか」
上手く言えずに私がまた黙ると、光秀さんがふっと笑った。
「期待にそえなくて悪いが、生憎そういった相手はいないのでな」
「…嘘っ!」
「なんだ、嘘とは」
「私は騙されやすいですけど、それは騙されないです」
こんなに男性としても魅力溢れる方に恋人がいないとか、さすがの私も信じられない。
…でも、特定の相手を作らないってことなのかもしれない。
こんな風に危険な目に合わせてしまうからだろうか。
光秀さんらしい考え方だ。
私がはっとして光秀さんを見ると、彼は曖昧に笑う。
「まあ、足枷になることはしない主義だ…俺はな」
「そう、なんですか…」
私は悲しくなった。
本当に好きになった人が出来ても、この人はきっと告げないのだろう。
そんな風に生きていくつもりなのだろうか。
これからもずっと。
私でさえ、あの時後悔したのに。
貴方に気持ちを伝えなかったことを。
好きだと自覚した時にはもう遅いんだって思ったのに。
…この人には、そんな想いをして欲しくない。
「そんな顔をするな」
「だって、そんなの駄目です。ちゃんと伝えるべきです。光秀さんの想う相手ならきっと、乗り越えてくれるはずです」
「…葉月」
「私、光秀さんには幸せになって欲しいんです」
気づいたら、私は光秀さんの手を握っていた。
相手が私じゃなくても、もういい。
そんな相手がいるのなら…私は諦めて帰るだけ。
それだけのこと。
私の想いなんて、私の中にしまっておけばいいのだから。