第32章 好きだから・前編〜明智光秀〜
夕餉の時も光秀さんは帰って来なかった。
しばらく待っても現れないので、私は諦めて夜着に着替えて布団に入ろうとしていたら…
「葉月」
と呼ばれた。
その声は…
「光秀さんっ!」
「遅くなって悪かった。大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。あ、どうぞ」
私は躊躇なく光秀さんを部屋に入れると、光秀さんが複雑そうな表情をしながら座った。
「お前はいつもこうやって気軽に男を部屋に入れているのか」
「そう見えました?」
「あぁ、そう見えたな」
「誤解です。昼間はそうですけど。夜は入れてない…です」
「怪しいな、お前の言うことは」
「光秀さんに言われると心外です」
私がムッとして言うと、光秀さんは薄く笑った。
「元気そうだな」
「あ、はい。あの…ありがとうございました。先程は助けて頂いて」
「あぁ、そのことだが」
「え。もうあの人達のことわかったんですか?」
「まあな」
光秀さんは相変わらず仕事が早い。
驚く私を見て、妖しく笑う。
「やはり、お前を攫おうとしていたらしい」
「なぜですか?私が信長様に寵愛を受けてると噂されていたから…でしょうか」
「いや、彼奴らは俺とお前が恋仲だと思っていたらしいな」
「え?!なんでです?」
「この間、逢瀬をしている所を見たそうだ」
「光秀さんと逢瀬なんて…」
「してないな」
「だって、その時は久兵衛さんと偶々会って話していただけで、光秀さんとは挨拶くらいしか交わしてないし」
「まあ、そうだな。ただの勘違いだ。俺に恨みを持っていて、お前を狙った。簡潔に言うとそういうことだ」
「なっ!」
なんということだ。
私たちは一度だって逢瀬をしたことなんかないのに。
しかもそんな風に勘違いと言われると、余計に虚しくなる。
しっかり見たら、私と光秀さんが恋仲じゃないことくらいわかるでしょーが。
側に久兵衛さんもいたんだから。
そんな何とも言えない怒りまで込み上げてきてしまう。