第32章 好きだから・前編〜明智光秀〜
「大丈夫?」
自室で休んでいた私に、家康が顔を出した。
私は半べそで家康に膝歩きして近づく。
「いっ家康〜。うぅ、お懐かしい」
「…何言ってんの。今朝も会ったでしょ。災難だったね。怪我はない?」
「怪我はない、けど脚が所々痛いです…」
「確かに酷い有様だね。とにかく、無事で良かったよ」
「うん、そうなの。ちょうど良く光秀さんが来てくれたから」
「そうらしいね」
「もう駄目かと思ったから…またこうして家康と話せることが、何より嬉しい」
そう言って二人で微笑み合う。
すると、家康は私を心配そうに見つめて言った。
「これで、現代に帰る気になった?此処にいるとどんなに危険か、少しはわかったでしょ」
「あ…うん。それなんだけど」
私は家康にそっと耳打ちする。
「はぁ〜〜?!しばらく居ることにした?なんでそうなるの」
「いや。なんというか…確かめたくて。もうちょっと、いろいろと」
「いろいろって?」
「えーっと」
気づいてしまったの。
自分の気持ちに。
…とは、言えなかった。
こういう時、はっきり言えない自分が不甲斐ない。
気恥ずかしさもあり、そんな理由でと言われてしまう気がして、言葉に出来ないのだ。
「…まあ、わかってはいたけど。いつかはそう言うと思ってたし」
「家康は、私に帰って欲しかったのに…ごめんね」
「別に帰って欲しくはないよ。そっちの方が平和ならそうするべきだって言っただけ」
「そうだったんだ。優しいんだね。家康は」
そう言って、私は家康に笑いかける。
でも、家康は私を憐れな目で見ている…というより、呆れているように見えた。
「え。なんでそんな目で私を見るの?」
「葉月って自分の気持ちにも鈍感だけど、他人の気持ちにも鈍感だよね」
「…すごく馬鹿にされてることしかわからなかった。もう一回言って」
「別にいいよ、もう」
家康が肩をすくませる。
私には呆れてこれ以上言えない感じなのかしら。
いいもん、だ。
私は少しふてくされながら、頬を膨らませた。
家康がその膨らんだ頬を指で押すと、吹き出して笑う。
「ほんと、バカだな。葉月は」
そんな家康の笑顔が嬉しかった。
…ごめんね、あんなに帰れって気にかけてくれていたのに。