第32章 好きだから・前編〜明智光秀〜
トクントクンと耳から聞こえる、光秀さんの音と温もりが心地良い。
また貴方に会えて、良かった。
捕まらないで、生きていて…良かった。
だんだん気持ちが落ち着いてきたのを感じ、
「ありがとうございます。もう…」
離しても大丈夫ですよ?
そう言おうとして口を開くと、突然、強く抱きしめてられて息が苦しくなる。
私は急なことに驚いて、涙が止まった。
「光秀さん…?」
私の声が届いているはずなのに、光秀さんは何も言わない。
どうしたら良いかわからず、私はただ抱きしめられていた。
いつもと様子が違う光秀さんに戸惑いながら、私はただ静かに身を任せていた。
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安土城に着いた時、辺りはすっかり暗くなっていた。
その道中、光秀さんは何も話さなかったけれど、ただ側に居てくれるだけで安心した。
というより、いないと不安なのかもしれない。
城の中に入り、離れて行こうとする光秀さんを黙って見つめた。
…どこにも行かないで
声にならない想いを視線で伝える。
また薄っすらと目が潤んできてしまうのを感じた。
すると、光秀さんは静かに頷き、私の手を取ると両手で優しく包んだ。
「すぐ戻る」
そう言って、行ってしまった。
私はその背中を見送り、自分の手をそっと握った。
すっかり甘えただな、私は。
恋人でもないのに。
あんなに気持ちを伝えられなかったことを後悔したのに、光秀さんを目の前にすると…やっぱり臆病になる。
ふう、と息を吐くと、私はだんだんと冷静になってきた。
あの時は必死だったから抱きしめられても平気だったけれど、急に恥ずかしくなってくる。
胸が高鳴り、顔が赤くなっていくのがわかった。
光秀さんは心配してくれたから、抱きしめただけ。
わかっているつもりなのに。
あの人の感触を、身体が忘れてくれそうもない。
…なんで、あんなに強く抱きしめてくれたのだろう。
考えてもわからないことをまた考えてしまう。
もう会えないと思った時、強く想ったのは貴方のことだけ。
困ったことになった。
こんなに好きになっていたなんて、気づかなかった。