第30章 涙を流す場所〜織田信長〜
私は何も言えなかった。
政宗が気づいているとは思わなかったのだ。
私は今までその女中にされた嫌がらせが思い浮かんで、また涙腺が緩みそうになる。
陰湿な陰口の数々。
心の傷は、身体の痛みより残るものだ。
「…安心しろ。秀吉に言ってその女中には暇を出して貰った」
「え…。そうなの?」
「なんで言わねーんだよ、お前」
言えないよ…そんなの。
私は言葉が出ず、黙って政宗を見た。
政宗は溜息をつくと、顎を掴んでいた手を離した。
代わりに私の頭に軽く拳を乗せる。
「なんて顔してんだよ」
「ごめん…ありがとう。それを怒っていたの?」
「まあ、半分はな」
「…半分?」
「頼って貰いたかったのかもしれねーな、お前に。信長様には見せる涙、俺にも見せて欲しかったんだよ」
「…お前が好きだから」
「政宗、私…」
「いや、返事はいらね」
「は?」
「…いい返事以外はな」
肩をすくませながら言われ、私は笑ってしまった。
政宗って面白い。
彼の言葉は嘘がないし、妙に自信家で。
いつも政宗のペースに巻き込まれる。
「いい顔で笑えるんだな。その笑顔、俺にくれよ。涙は他の奴にあげてもいいからさ」
そんな風に言われたら、きっとみんな心が奪われてしまうんじゃないだろうか。