第1章 朝が来るまで待って 〜明智光秀〜
「違います。家康とは…そんなんじゃ」
「ほぉ、そうか」
「光秀さん…?」
「ちょっと来い」
強引に引っ張られ、そのまま空いている部屋に押し込まれた。
パンッと光秀さんが乱暴に戸を閉める。
気づけば壁際まで追い詰められてしまった。
「お前は、暗闇にならないと素直にならないらしいな」
「それとも、褥の中の方が良かったか」
いつもより低い、光秀さんの声。
今なら罪人の気持ちがわかる。
この人に何もかも見透かされている気がして怖くなった。
「なんで…?
なんで、そんな意地悪なことを言うんですか」
声が掠れた。
ぽろんと我慢していた涙が一つ、溢れた。
「家康とお前の噂を聞いてな。」
「え?」
「お前に振り回されるとは、俺も大概だ」
困ったように笑った。
「久しぶりに肝が冷えた…会わない間にお前が」
「心変わりをしたと?」
「まぁ…そうだ」
信じられない。
あの光秀さんが。
あの、何事にも動じない光秀さんが?
あんな噂話で…???
「光秀さん…もしかして…私のこと」
「ちょっと好き、ですか?」
光秀さんは苦笑した。
「色気のないやつだ」
そう言って、私の頭を小突く。
「それは違うな」
「ちょっとではなさそうだ」
そう言って、私の頬を優しく包み込んだ。
私の目を捉えて離さない。
「ほ、本当ですか?」
「あぁ、残念だがな」
「本当に?」
「全く。少し黙れ…」
そう言うと、柔らかい唇が降ってきた。
目に。
頬に。
耳に。
最後に唇に。
私はやっと、光秀さんに自分から抱きついた。
するすると良く滑る着物の感触が気持ち良い。
「光秀さん…好きです…」
「大好きです…」
「奇遇だな、俺もだ」
耳元で色っぽくそう囁かれて
「俺の…帰る場所になってくれるか?」
はい…。もちろんです。
私は頷いた。
私も光秀さんが帰る場所であって欲しい。
貴方がいるなら…
現代に帰れなくても良いんです。
本当は、ずっと心の奥で願ってました。
貴方は何もかもお見通しなんでしょうけれど。