第1章 朝が来るまで待って 〜明智光秀〜
目を閉じても、あの目を思い出してしまう。
あの銀色の髪を思い出してしまう。
あの人の匂いを肌の感触を、この身体が覚えていて、求めてしまう。
あの人を必要としてしまう。
あの声を、温もりを、思い出して苦しい。
どうしたら良いのかわからず、途方に暮れていた。
小娘の私には、こんな経験がないからわからない。
目が覚めた時、家康は書き物をしていた。
「家康…?」
「あ、起きたの?」
「うん…ありがとう。少しすっきりした」
私がふらふら起き上がろうとすると、家康がお茶を入れてくれた。
迷惑そうにしながらも家康はいつも優しい。
「ありがとう、家康。大好き」
「…なっ!あんた、そういうこと軽々しく言うのやめなよ」
「え?だって本当に好きなんだもん」
そう言って笑うと、家康は顔を赤らめて睨む。
人間として好きなのは口に出して言えるのに、どうしてあの人には伝えられないんだろう。
受け入れて貰えなかったらという不安からかな?
私はあの時、結局好きだとは言えなかった。言った所で何か変わっていたとは思えなかったけれど。
しばらく家康のお茶をふうふう飲んでいた私はふと
「ちょっと質問があるんだけど」
家康をちょんちょんと突いた。
家康は、目だけで何?とこっちを向く。
「家康もお年頃でしょ?
だから…その…女の人とそういう経験みたいなのってあるよね?」
「なに急に。まぁね。一応」
「男の人って…その…好きな異性とじゃなくても…できるんでしょ?」
「一線を超えるってこと?」
「うん、そう」
「まあ、人に寄るんじゃない?俺は無理だけど。お酒入っていたり、まあ寂しかったりしたら、なくはないんじゃない?欲があればできるもんだしね」
「そう…だよね」
「あ!あんた、まさか…あの朝帰りって」
「ち、違うよ!してないよ!」
私は慌てて
「逆だもん…同じ布団にいたけど、しなかったもん」
と、消えるような声で答えた。
そう、何もなかった。
一線を超えたなら、ただの一夜の過ちな気がして納得いくけれど。
身体には触られていない。
どういうことなのか…。
恋愛経験の乏しい私にはまるでわからなかった。
ただ、キスをした。
それだけでいっぱいいっぱいだったけれど。
私は俯いて自分の唇に触れた。
まだ、感触を覚えている。