第3章 壊れる音の閑話【土方裏夢】
少し話しただけでも優しい人なのだと、理解できた。正直、警察組織のトップとは思えない程に人が良い。
「男所帯だから困ることも有るだろうけど、遠慮なく言ってくれたらいいからね」
「ありがとうございます。私もご迷惑をお掛けするかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
「まぁ、アンタの上司は鬼の副長だ。責任はぜぇんぶ取ってくれまさぁ」
「勝手な事言ってんじゃねぇよ。ったく、季節外れの新人ってだけでも迷惑だってのに」
眉間の皺を一層深くして煙草の煙を吐いた土方に、は身を固くしつつも「宜しくお願いいたします」と頭を下げた。
握りしめた拳が震えているのを悟られぬようにと、必死で笑顔を浮かべる。
上司が苦手だというだけで逃げ出すのは僅かな矜持が許さなかったし、元の職場に戻りたくない理由があった。
大江戸警察には、先日別れを告げたばかりの恋人がいる。
色々有耶無耶にして逃げるように離れてしまった為、非常に顔を合わせづらく、そんな折に与えられたこの異動は願ってもいないものだった。
「私……頑張りますので、宜しくご指導お願いします」
「お、おう」
の妙な気迫に、土方は思わず身を引いてその瞳を見つめる。
化粧が違うからか、彼女とは少しも似ていないの姿に、土方は人知れず安堵していた。
土方の変化に気付いた近藤は、にっと白い歯を見せて笑う。
「さんもやる気みたいだし、折角だから今日は歓迎会といくか」
「歓迎会って……近藤さん、アンタが飲みてぇだけだろ」
「まぁまぁ。さん、お酒は?」
「えっ、あっ、嗜む程度でしたら」
「よし。じゃあ食堂に頼んで歓迎会の用意をしてもらって来るよ。さん、好き嫌いとかはない?」
気を遣ってくれる近藤に、は苦笑しつつ「大丈夫です」と答えた。
気遣いももちろんだが、その優しさが嬉しくて安心してしまう。
思わず緩んだの表情は、年相応の女性らしさの中に愛らしさがあり、土方は瞬間的に息を飲んだ。
濃い茶の瞳に薄桃色の紅をひいた唇。
何もかも、彼女とは違うのに、何故か土方の感情を揺さぶる。
(最悪だ。一日でも早く追い出さねぇと)
予感がした。