第3章 壊れる音の閑話【土方裏夢】
山崎をしばき上げた土方は、自室に戻り一人煙草を燻らせる。
先ほど見たの表情が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
「ガキじゃあるめぇし……情けねぇ」
思わずフィルターを噛んでしまい、苛立つ自身に呆れてしまう。明らかに自分は動揺していた。
それはきっと、鮮やかに蘇った記憶のせいだ。
美しく、気高く、優しかったあの女(ひと)──
想いを断ち切るように煙草を灰皿に押し付け、腰に刀を佩く。
「見廻りでも行くか」
このまま屯所に居ては煮詰まってしまうと、玄関に向かっていると、今一番出会いたくない人物と遭遇して顔を顰めた。
「人の顔見るなりそんなツラして、随分機嫌が悪ぃじゃねぇですかい」
「お前の顔見て気分が良かった事なんざ一度もねぇよ」
「そりゃあお互い様ってやつですぜぃ。んな事より、今日から大江戸警察の奴らが派遣されるって話してやせんでしたっけ?」
「ああ、各部署に配属したが、どいつも大して使えそうにねぇ。まぁ、殆ど事務方だから構いやしねぇがな」
「監察に女が入るって山崎がはしゃいでやしたけど、本当に来たんで?」
尋ねられ、土方は一瞬答えに窮する。
どう伝えようかと悩んでいると、件の人物が近藤や吉村と共にやって来た。
化粧を変えていた為、すっかり地味になっているが、土方の記憶を先ほどの姿が掠め、息を飲んで立ち尽くしてしまう。
その様子をどう捉えたのか、近藤がやれやれと肩をすくめた。
「トシぃ、お前ちゃんと案内しろって。期間限定とは言え、さんは直属の部下になるんだからな」
「へぇ、そいつが例の女隊士ですかぃ」
「初めまして。と申します。一番隊隊長の沖田総悟さん、ですよね?」
「何で知ってるんでい?」
「沖田さんは、大江戸警察でも有名人でしたから」
苦笑しつつ答えるに、近藤は「ああ」と納得する。
「向こうにも色々迷惑掛けてるからなぁ」
「いえ、沖田さんが有名なのは、女性職員の間でですよ。若くして隊長を務めながら、剣技も一流で容姿も整っているって。沖田さんにお会い出来るなんて、と他の職員から随分羨ましがられましたから」
「そうなんだ。所でその──他の隊士について、女性たちは何て?」
「特に──えっと、真選組は局長を筆頭に素敵な殿方ばかりだと噂してました」