第2章 壊れる音【土方裏夢】
間もなく戻って来たに、土方は満足げに口の端を上げた。
質素で地味な柄の着物に、合わせた帯や帯締めも簡素なもので、清楚な印象を引き立てている。
「やっぱりお前は、そういう方が良いな。じゃあ、屯所に戻るか」
こくりと頷くと手を取られ、は慌てて声を上げた。
「あ、わ、待って下さい。あの、手を離してもらっていいでしょうか」
「何でだよ」
「だって、屯所に行くのに……」
「俺らの関係を知られてマズい奴でもいるのか?」
ぎゅっと厳しくなった土方の目元に、は僅かに怯えつつ首を横に振る。
「だって、あの、恥ずかしいので……だから」
「――仕方ねぇな。今日は、我慢してやる」
「すみません」
渋々と言った様子で離れた土方に、はほっと息を吐いた。
体の関係を持ったというのに、どうしてもまだ土方に対して恐怖心がある。それが不思議だった。
(何で私、副長に好きなんて言ったんだろう……?)
冷静に考えると、全く覚えがないのだ。元々土方の事を特別に思っていたという事もなければ、恋愛感情に発展するような出来事もなかった。
もやもやと考えながら草履を履き、部屋を出て扉に鍵をかける。
ガチャリという音が、一瞬思考を停止させた。
(余計なことを考えるのは、副長と離れてからにしよう。じゃないと私、また流されちゃう)
伏せた目を真っすぐに上げて振り返ると、土方と見つめ合う形になり、誤魔化すように僅かに微笑んで「行きましょう」と促す。
隣を歩くだけで、心臓を鷲掴みにされたような痛みに襲われて、本当は今にも逃げ出してしまいたいほどだった。
それでも押し止められたのは、ほんの少しのプライドが働いたからだろうか。
屯所まで数分の距離が、何十分、何時間もに感じられた。
【特別武装警察真選組】と書かれた看板のついた門をくぐると、仕事をするのだという意識が高まる。
「副長、私は一旦控室に行って書類を用意してきます」
「ん、ああ……」
「では、後ほどお伺いします」
頭を下げたは、着物の袂が翻るほど勢いよく土方に背を向けて小走りに控室へと向って行った。
控室では山崎と吉村が仕事に励んでおり、その姿に安心してふにゃりと笑う。
「お疲れ様です」
「あ、ちゃんお疲れ。大丈夫だった?」
「はい。任務完了しました」