第2章 壊れる音【土方裏夢】
(誰だっけ?)
考えていると、エレベーターが目的の階に到着し、ははたと我に返る。
「どうぞ」
「えっ」
「降りないんですか?」
眼鏡をかけた少年に声を掛けられ、は「降ります」と慌ててエレベーターを出た。
瞬間、肩を掴まれドキリとして振り返る。
「ハンカチ、落としたぜ」
「あっ」
「ほら。鞄の口がちゃんと閉まってねぇみてぇだから気をつけろよ」
「す、すみません。ありがとうございました」
銀髪の青年にハンカチを渡され、頭を下げて受け取ると、逃げるようにその場を後にした。
(マズい、油断してた。今の人たちに顔覚えられてないよね)
ぎゅっと襟元をおさえて息を整える。
まだ潜入調査の途中だという事をすっかり失念していた。
「――最悪」
唇を軽く噛み、溜息を飲み込む。
「おい、大丈夫か?」
「えっ」
肩を叩かれ振り返ると、そこには土方が立っていて、は瞬きを繰り返した。
「何を不思議そうな顔してるんだ?」
「え、あの、先にお戻りになられたのでは……」
「何でお前を置いて帰るんだ?」
本気で不思議がる土方にどう答えようかと悩んだ結果、遠慮がちに言葉を紡ぐ。
「今日はもう、終わりだと思っていたので。その……仕事もありますし、副――トシさんは職場に戻られるのかな、と」
「…お前はどうするつもりだったんだ?」
「一旦自宅に戻ってから出勤させて頂こうかと。出来れば着替えもしたいので」
「じゃあ、行くか」
「へっ、あのっ、ここの支払いは――」
「心配しなくても済ませてるよ」
ふっと笑った土方は、当たり前のようにの手を取った。軽く握られた手にピクリと反応するが、振りほどいてはいけないと判断してゆっくりと握り返す。
(きもち悪い。どうしよう、鳥肌が……)
怖気立つとはこういう事なのかと思ってしまうほどに、唇が震えた。
駕籠に乗せられてほっとしたのもつかの間、隣に土方が座り、は思わずそちらを仰ぎ見る。
「どうした?」
「あ、あの……いえ、何でもないです」
「そうか」
目的地を告げた土方の隣で、は目を伏せてそれを思い出した。
(鞄の口、開けっ放しなの忘れてた)
先程落としたハンカチがちらりと見えて、念のため広げてそれを確認する。