第1章 壊れる音【土方夢】
「副長?」
声を掛けてみるが、反応がない。
ただの屍のようだ。
いや、死んでないけど。
一人でつっこんでいると、掴まれていた手首が離される。
黙って動かない上司に耐えかねて、思わずへらっと笑って「お茶でも煎れましょうか?」なんて尋ねてみた。
「頼む」
「え?」
冗談のつもりだったのだが、思いがけず依頼され、間抜けな返事をしてしまう。
「あ、じゃあ、お茶用意してきます」
殆ど逃げるように飛び出し、急いで厨房へ向かう。
監察の控え室に湯茶の用意はあるが、あくまで自分たちの休憩用だ。
特売で買った茶葉とコンビニで買った菓子類位しか置いてない。
流石にそれを上司に出すわけにいかないので、厨房にあるお客さん用を使わせてもらう。
「お茶ヨシ、お茶菓子ヨシ!ヨシ、完璧」
指さし確認して満足していると、後ろから「何やってるんだ」と声をかけられた。
振り向くとそこには……
「えっ、副長?何で?」
「いや……わざわざ客用の茶ァ煎れたのか?」
「は、あ、すみません。あのっ、控え室のは流石に」
叱られるのかと身構えていると、何故か不満げな顔をされた。
折角良いお茶を煎れたのに。
「あのー、部屋までお運びしましょうか?」
「いや、いい。……ああ、うまいな」
一口お茶を飲んだ副長に、そりゃあいい茶葉ですからね、と心の中で呟く。
茶菓子をつまみ上げ首を傾げた副長に、「干菓子はお嫌いでしたか」と尋ねる。
「いや。コレ、何の形だ?」
「ああ、藤の花ですね」
綺麗だなー、美味しそうだなーなんて見ていたら、唇に押し付けられた。
「口開けろ」
そう言われ、口を開けると干菓子が口の中に押し込められる。
舌に、副長の指先が当たった。
「うまいか?」
「はい」
「そうか」
そう笑って、副長は自分の指先をペロッと舐めて「甘ぇな」と呟く。
状況を理解するのに、たっぷり三十秒はかかった。
セクハラだ。
コレは、紛う事なきセクハラじゃないか。
いくら顔がいいからと言って、やっていい事と悪いことがある。
怖いから、絶対そんな事言えないけど。
黙って硬直していると、副長はお茶を飲み干して出て行った。
半ばヤケクソに残った干菓子を口に放る。
「美味しい」
食べ物に罪はない。
今日はきっと運勢が良くないのだ。