第2章 壊れる音【土方裏夢】
「では、体を拭いて浴衣を着て下さい。髪も、乾かさないと本当に風邪を召されますよ。あの……ご自分で、なさって下さいね」
このままだと介護宜しく任されてしまいそうだと思ったは、念押ししてから土方に背を向けて濡れて貼り付いた浴衣を脱いで元々着ていた襦袢に袖を通した。
「あの、私は向こうに居ますから」
一応声を掛けて脱衣所を出たは、タオルで髪を拭きながら背後を振り返る。
暫くするとドライヤーの音が聞こえてきて、ほっと息をついた。
「喉渇いたな」
数度空咳をして、食事をしていた部屋を覗くと、隅にポットと湯飲みが置いてあり、はいそいそと近付いて中を確認する。
「良かった。お白湯が飲める」
湯飲みに注いだ白湯をふうっと冷ましてゆっくり喉に流し込むと、少しだけ気分が落ち着いた。
落ち着く程に、さっきの土方の表情が脳裏にちらつく。不安げに寄せられた眉に、今にも泣きそうに細められた目。
いつもの土方からは想像出来ないその表情は、を揺さぶるには十分だった。
「あぁ、もう何も考えたくない……」
一際大きな溜息をつくと、脱衣所の扉が開く音が聞こえて、はそちらへ向かう。
ちらりと覗くと、きちんと浴衣を身に着けた土方が立っていて、少しだけ安堵した。
(良かった。顔色も悪くないし、表情もいつも通りに戻ってる)
少し不満げに顰められた眉も、開いたままの瞳孔も……何もかも、いつも通りだ。ただ一つ、異なるとしたら、それを見つめるの心だけ。
(きっと私は、副長の事が──)
ズキリと痛む、頭と心。
その先を考えることを躊躇わせ、は目を伏せる。その瞬間手を引かれ、気付くと土方の腕の中にいた。
「えっ、あ……」
「大丈夫か?」
「あの、……大丈夫です。髪を乾かしてきますね」
土方の胸を軽く押して離れると、逃げるように脱衣所に入り、扉を閉める。露骨に拒絶したようで、罪悪感に苛まれるが、あのまま抱きしめられていたら、またなし崩し的に流されてしまう気がした。
「顔洗って、スッキリしよ。折角スキンケアも揃ってるし」
気分を変えようと髪を纏めて顔を洗う。
肌に残っていた化粧が落ちていくのと一緒に、モヤモヤした気持ちが流れていくような気がした。