第2章 壊れる音【土方裏夢】
そう言って土方が出て行くと、はぶつぶつと文句を言いながら座敷に入り席につく。
「副長は、自分がイケメンって自覚して私の事を揶揄ってる気がする」
仕事として標的の前に立てば、は割とどんな相手でも動じず対応出来る。けれど、知り合いや上司となると、男性というだけで身構えてしまうのだ。
特に、イケメンが苦手だった。
何となく、未知の生き物のようで怖い。
「あんな万人にイケメン認定される人を名前で呼ぶなんて、恐れ多くて無理だよ」
まして「トシ」なんて人前で呼んでしまった日には、世の女性達の嫉妬を一身に受けなくてはならないではないか。と、溜息をついて机に突っ伏した。
「うっ、流石高級店。いい机」
ほのかな木の香りが、ささくれ立っていた感情を落ちつかせる。
ぐう、と体が空腹を訴えた。
「それにしてもラッキーだったなぁ。ここのご飯が食べれるなんて……支払い経費で落ちるよね?」
高級店だった事を思い出し、帰りに支払いをする事になったらどうしようかと不安になる。
個室で食事なんて、部屋代だけでもウン万円はするのではないだろうか。
「最悪副長にお金借りよう」
溜息をつくと、チャイムが鳴って来訪者を告げた。返事をして扉を開けると、仲居達が料理を運んでくる。
机に料理が並んだ頃、戻って来た土方がの向かいに座った。
料理の簡単な説明をした仲居が部屋を出ると、は手を合わせて「いただきます」と言って箸を持ち上げる。
ふと、料理を凝視している土方に気付いて首を傾げた。
「食べないんですか?」
「ああ、いや──マヨネーズ忘れた」
思い掛けない一言に、は数度瞬きするとくすりと笑い、箸を置いて部屋にある電話の前に行く。
受話器を持ち上げ、内線でフロントに繋いだ。
「──あ、もしもし。すみません、ちょっとお願いしたい事が……はい、あの、マヨネーズを持って来て頂けますか。業務用ので大丈夫です。はい、料金は別にお支払いしますので。では、お願いします」
は受話器を置くと、土方を振り返り「少し待って下さいね」と笑う。
「でも、マヨネーズを忘れるなんて、珍しい……というか、初めてかもしれないです」
「バタバタしてたからな。たまにはそう言う事もあらぁ」