第2章 壊れる音【土方裏夢】
「え、嘘っ。やだ、本当じゃない。もうっ、骨折り損だわ。騒がせてごめんなさいね。良ければ今度は依頼してくださいね」
は巾着から出した名刺を依頼書を引き換えに渡すと、ぱっと身を翻す。
男が「人騒がせな」と言いながら扉を閉める音を聞きながら、はエレベーターのボタンを押した。
彼らが警戒しているとすれば、がここを出るまでは監視がつくはずだ。
到着したエレベーターに乗って一階に降りると、どうやら例の攘夷浪士と仲間だと思われる男たちがこちらを監視していて、は薄く笑う。
男たちにばれぬよう、苛立った様子を隠すことなく建物を出ると、駕籠屋の乗り場に行きさっと乗り込んだ。
「すみません。取り敢えず出していただけますか。方面はかぶき町で」
運転手が「はい」と言って発車すると、後ろの駕籠が追跡してくる。は先ほど男たちに見せた依頼書の店に向ってもらい、一旦店の近くで降りて暫く店の周りで時間をつぶした。
「10分経過。もう大丈夫かな」
大通りに出て駕籠を拾うと、元いた料亭へと車を走らせてもらう。
その車内で、は纏めていた髪を下ろし、軽くサイドに流す。口紅をティッシュで拭い落とすと、軽くおしろいをはたいて、いつも使用している薄桃の口紅を塗った。
持っていた巾着は、包んでいた布を外すと革の小さな鞄になり、印象が全く変わる。
仕上げに羽織を裏返して着ると、夜の蝶の雰囲気がすっかり消えた。
「これでよし」
駕籠を降りる際に運転手が乗せた時と雰囲気が変わったことに驚いていたので、はにこりと笑って「極秘捜査中なので、ご内密に」とちらりと警察手帳を見せた。
善良な市民であれば、余程の事でもない限り黙っているだろうと判断した上での一言だったが、運転手はが思っているよりも正義感溢れる人物だったようで、やや興奮した様子で「お任せ下さい」と頷く。
領収書を受け取ったは、先ほど自分を追ってきた男たちの横を平然と通ると、エレベーターに乗り土方が待つ部屋へと向かった。
目的の階でエレベーターを降りると、先程に対応した男とすれ違うが、をちらと確認するだけで疑った様子は無い。
ほっとしながら部屋のチャイムを鳴らした。