第2章 壊れる音【土方裏夢】
「呼べるまで、任務には行かせられねぇな」
「うえっ、あ、その……とっ、トシさん」
覚悟を決め、消え入りそうな声で呟いたに、土方は満足そうな顔をする。それを、揶揄われているのだと判断したは、僅かに唇を尖らせた。
「いじわるしないで下さいよ」
「揶揄いがいがあるお前が悪い。せいぜいばれないように気ぃ引き締めて行けよ」
「はい。では、用意してきます」
そう言って出て行ったを見送って、土方は漸く煙草に火をつける。
思い通りに事が進みすぎていて、少しだけ不安を感じた。
こうもあっさり、この手の中に落ちてくるのか…と。
吐き出した煙が、迷いと悩みを内包して消えていくようで、土方は窓の外の暗くなり始めた江戸の町をぼんやりと見つめた。
「後は仕上げを御覧じろってとこか」
土方の企みを知らないは、部屋の外に出て化粧室で軽く身なりを整えると、標的が来るのを身を隠して静かに待った。
間もなく、止まったエレベーターから男たちが出てきて目的の部屋へと入って行く。
「全員入って鍵もかけた……よし」
目を閉じて軽く深呼吸をすると、部屋の前に行きチャイムを鳴らす。
当然一度では反応がないので、しつこく何度も鳴らした。
「ちょっとぉ、早く開けてよ」
苛立たしげな声を上げると、帯刀した厳つい男が警戒しながら扉を開ける。
「何だお前は」
「この部屋の宴会で接待するように派遣されたのよ。他の子ももう来てるんでしょ?」
「何の事だ」
「ほらこれ、依頼書」
そう言って男に一枚の紙を見せた。実際に宴会に女性を派遣している会社の依頼書を偽装したものだ。そもそも、松平御用達の店の為、調べられてもばれる事はない。
案の定、対応した男はそれを疑いもしなかった。
その隙に、玄関に入って履物を脱ぎ、障子を開けて中に入る。
「こんばんはぁ、お待たせしまし……あら?」
ごく自然に驚いた顔をして、きょろきょろと部屋を見渡した。中に居るのは、先程部屋に入っていった男たちのみだ。ざっと確認しながら、その隙に盗聴器を設置する。
「あの、まだ他の子は来てないのかしら?」
「おい女、確かにこれは〇〇屋の依頼書だが、日付が明日になってるぞ」
対応した男にそう声をかけられ、は驚いた表情で振り返った。