第2章 壊れる音【土方裏夢】
慌ててハンカチを差し出したの手からそれを受け取り、指先を拭った。
いつものならつけないような紅い色が、土方の感情を揺さぶる。じっとハンカチを見つめる土方に、は遠慮がちに声をかけた。
「あの、副……土方さん、それ」
「悪ぃな、汚しちまった」
「いえ、それは大丈夫です。えっと、ハンカチを」
「ああ」
差し出された手にハンカチを載せながら、土方はの表情を窺う。
化粧を施したは普段の幼い雰囲気が無く、伏し目がちの目元はやや赤く染まっていて、口紅のかすれた唇は妙に扇情的だ。
「土方さん?」
「やっぱりダメだな」
「え?」
「名前で呼べって言っただろ」
言葉の意味が解らず、は何度か瞬きを繰り返す。の認識では、先ほどから頑張って名前で呼んでいるつもりだったのだが。
監察同士で任務に挑む際は、予め偽名を取り決める事もあるのだが、今日はその予定にはなっていなかったのではと、首をひねる。
考えても仕方がないと、諦めて素直に尋ねることにした。
「すみません、何てお呼びしたらいいかわかりません」
「名字じゃなくて、名前で呼べ。そうだな、トシでいい」
「名前って、え、あ」
「ほら、呼んでみろ」
意地悪く微笑まれて、はますます顔を赤らめる。普段名字で呼ぶことすら稀なのに、上司を名前で、それも近藤にしか許可しない呼び方を求められるなんて、想定外だった。
しかも、呼ぶまで許してくれない雰囲気だ。観念して、口を開く。
「トシ、さん」
に名前を呼ばれた土方は、くらりと僅かに眩暈を覚えた。自分から仕掛けたことだというのに、胸の奥が熱くなる。
「今日はその調子で頼まぁ」
「はい。頑張ります」
紅い顔で答えるに触れたい気持ちをどうにか抑えながら、土方はこの後の計略を思い浮かべて笑みを漏らす。
「じゃあ、行くか」
歩き出した土方に、は慌ててついて行った。