第2章 壊れる音【土方裏夢】
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きっかり三十分前に到着したは、目的地を見上げて息を飲んだ。
遠くから見ている分には何とも思っていなかったが、いざここに入るとなると、あふれ出る高級オーラに圧倒されてしまう。
「もう少しいい着物を用意するべきだったかな……」
緊張しながら、待ち合わせ場所のロビーに向かうと、迎えた従業員に「お待ち合わせですか?」と尋ねられるが、咄嗟の事で狼狽えてしまった。
「えっと、あの、……」
「何だ、もう来てたのか」
「え?」
肩を叩かれ振り返ると、そこには土方が立っていて、声をかけた従業員に「自分の連れだ」と答える。
いつもの着流しと違い、きっちりと羽織袴を身に着けた土方の姿に、は一瞬息を飲んだ。
ただでさえ目立つ容姿の土方だが、身なりを整えているせいで余計に目立っている。ロビーの女性たちがこちらを見て頬を染めていた。
これはまずいと思いながら、従業員がいなくなったのを確認して、は恐る恐る土方に声をかけた。
「副長、あの、山崎さんは?」
「何で山崎の話になるんだ?」
「だって、潜入捜査ではないんですか?」
不安げに眉を寄せたに、土方は口元を僅かに歪める。
「山崎なら今日は別任務だ」
「え、あ、では、吉村さんとか……」
「今日は俺とお前の二人だ」
思いがけない答えに、はぽかんと口を開けて硬直した。
「何を間抜けな顔してんだ」
「へ、あ、いや、だって、私と副ちょ——っ!」
土方の人差し指がの唇に押し当てられ、言葉の先を遮る。
「役職で呼んだらバレんだろ。名前で呼べ」
「んっ」
「俺も任務の間は名前で呼ぶから、ちゃんと反応しろよ」
が頷いたのを確認すると、土方はゆっくりと指を離した。
「あ」
その指に口紅がついてしまっているのを確認したは、恥ずかしさで耳まで熱くなる。伝えなければと思う反面、気付いてくれるなと、相反する思いがこみ上げた。
戸惑うに気付いた土方は、自分の指先を確認して笑みを漏らす。
「ついちまったな……口紅」
「っ、す、すみません、これ、どうぞ」