第2章 壊れる音【土方裏夢】
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土方に指定された日、は箪笥の前で頭を悩ませていた。
今日指定された場所は、隊服で来ないように指示されている。つまり、監察の任務の一環――潜入がメインになるのだろうと想定していた。
けれど、場所が場所なのだ。
そこは、江戸でも大人気の旅館を備えた料亭で、最近では高級官僚の子息の祝言に使われて話題になっていた。
「んー、下手な格好はしていけないなぁ……変装できるようにはしておきたいし」
悩みながら、一張羅を引っ張り出す。
「やっぱりこれかな。大人っぽく見えるって好評だったし。髪型はどうしようかなー」
任務ではあるが、普段では絶対行けない場所は楽しみでもあった。
「そう言えば、今日は誰と一緒なんだろ。山崎さんか、吉村さんか……どっちが一緒だったとしても、派手な着物は浮きそうだなぁ」
同じ監察として働く隊士たちは、どちらかと言えば地味な風体の者が多い。監察の仕事柄、目立つ容姿は敬遠されるからだ。
かくいうも、比較的容姿に特徴がない。改めて、どんな容姿だったかと尋ねられると、誰もが口を揃えて「普通」だと評価するだろう。
一方で、化粧の仕方一つで全く印象が変わってしまうので、潜入にはもってこいだった。
今日も、着物や髪形に合わせて少し派手な化粧を施すと、すっかり別人のように仕上がる。
「口紅は……濃い目の赤でいいかな。ちょっとお水のお姉さんぽいけど。あとは、つけ睫毛と、ネイルシールを」
全て装着して鏡を見たは、満足げに微笑んだ。
「今日も完璧。っと、そろそろ行かなきゃ」
待ち合わせの三十分前には到着できるように用意を整えて家を出る。
浮かれていたためか、は肝心なことを忘れていたのだが、その事を後悔するのは、全てが終わった後だった。