第9章 温
「……笑い声が聞こえるのは気のせいか?」
キッチンから不機嫌な声がとんできて、俺は慌てて首を振りながら、振り返る。
「うん。気のせい気のせい」
「……そぉか……?」
俺が貸してあげた真っ黒なエプロンを身につけたわが恋人は、カウンターの向こうで疑り深い顔をしてみせた。
その撫で肩のせいで、肩にうまくかからない紐が半分おちかけてるが、それを一生懸命に直しながら、翔くんは、IHの電源をいれる。
「あとは、焼くだけだぞ。待ってろよ?」
「うん。楽しみにしてる」
気をつけて、という言葉は飲み込んだ。
テレビの企画で教わった料理を披露したいと、言い出したのはいいけれど。
俺のサポートは一切いらないと、翔くんは、がんとして譲らなかった。
なら、お願いするね。とキッチンを貸し俺は一切ノータッチに踏み切る。
さっきから、がしゃんがしゃんと不穏な音がしているが聞こえない振りをして。
かわりに、その企画をしたときの録画映像をみてるというわけだ。
それにしても……
俺は真剣な顔でフライパンをみつめてる翔くんを見た。
どこまで、可愛いんだか。
エプロンの着こなしひとつとってもツッコミどころ満載だ。
ギャルソンタイプは、油がとんだらシャツが汚れるとおもって、H型にしたんだけど……あれじゃ意味ねぇな。
俺は、ホルターネックのやつもってないしなぁ……
翔くんが、また肩紐をあげた。
俺は、再び吹き出しそうになったけど、気合いで顔をつくった。