第1章 ここは私の世界じゃない
「…悪い。そうだな、今のお前には…俺は知らない奴だったな」
手を引っ込め、ローは1歩離れる。そんな姿でも、朱里にはただただ恐怖しかなかった。そんな姿を見てローは仕方ないとばかりに、少し悲しそうに笑いながらまた後で食事を持ってくると言って部屋を出て行った。
「一体、なんなの…」
1度ローが出て行って皆の自己紹介を聞いていたまではいい。しかし、先程のローの言葉からここがとんでもない場所だと聞いてから朱里は震えが止まらなかった。一体何で自分がこんな目に遭うのか…こんな事なら、さっさと気になっていた同級生に告白でもして少しでも楽しく恋愛をしていれば良かった等と現実逃避を始め、そして過去の記憶に浸った。
どれ程の時間が経ったのか、ふと部屋の扉をノックする音が聞こえる。またローか、と少し身構えていると優しそうな声と共にシロクマのベポが姿を表す。
「えへへ、ご飯と本持ってきたよ。新聞もね、後で持ってくるから」
大きなトレイに載せられたご飯と数冊の本。それを持ってニコニコとベポは朱里に近付く。
「っ…」
「あ、ごめん…だ、大丈夫だよ、朱里の嫌がる事はしないから。怖いんなら、ここに置いとくね」
慌てて後退り、部屋の机にトレイを置くとそそくさとベポは部屋を出ようとする。なんだかその姿に申し訳ない気持ちになり、思わず朱里はベポを引き止める。
「あ、ま、待ってください!」
「え…?」
「あの…ちょ、ちょっとだけ、話し相手…お願いできますか?」
「っ!うん!うん!いいよ!俺で良いなら話すよ!」
嬉しそうにいそいそと近付いてきて、ハッとなり隣のベッドの向こう側に座るベポ。自分を気遣ってくれている様子を見る限り…何なら、起きた時の状況を思うに自分に対して害を与える様子はなさそうだった。ローに対して少し悪い事をした気分になり、後で謝ろうと思いながら朱里はベポに話しかける。
「えっと…何から、話せば良いのかも分かんないんですけど…」
「ゆっくりで良いよ。朱里の話しやすいように、思いついたら話して」
嬉しそうに答えられ、朱里は泣きそうになる。本当に記憶障害ならこの人達の求めている人に戻れるのに。同じ名前だけど、朱里にはここが自分の居場所だとは思えなかった。