第3章 開/終/
自分に何が起こったのか、伏黒は驚きを隠せずにいた。
傷程度なら、反転術式で治せることは分かっている。しかしそれはあくまで自分自身の怪我の場合のみ。
反転術式の扱いは難しく、且つ使い手は貴重で、さらに他人の治癒を出来る使い手は高専に於いても希少な人材である。その上他人の傷まで治癒し、あまつさえ呪力まで回復させるなど伏黒は見たことも聞いたこともなかった。
全ての傷が塞がり呪力も一定数戻ってきた。
月瑠は静かに目を開け、伏黒に合わせていた手と額を離す。
離れる一瞬、グラデーションのかかった綺麗な瞳と至近距離で目が合い伏黒は無意識に頬を染めた。
「っ、お前、何者だ?今の反転術式か?呪力の回復なんてあり得ねえ」
「…少し違う。さっきのは反転術式の呪力操作と、私の呪力を貴方に譲渡しただけ」
「……なっ、」
そんな事あるはずがない。と、伏黒は言葉を飲み込む。
全くもって説明不足の解答に、さらに頭を悩ませた。
本当に他人への呪力回復などできるのかと伏黒は疑問に思うが、事実自分は回復している。
現在高専で唯一反転術式により他人の治癒が可能の家入でさえ、傷の手当程度だろう。
それを呪力の譲渡ともなると、どれ程の技術なのか。
いや、そもそも技術云々でできるものなのか。
「まだどこか痛む?」
「えっ、…いや…」
顔をしかめる伏黒を気にして、月瑠が不安そうに問いかける。
そこに彼女の悪意は感じられず、自分が治療して貰ったという事実だけがあった。
「…………」
「……?」
「…………伏黒恵」
「えっ………月瑠…、…?」
月瑠を見つめたと思うと、急に名前を伝えた伏黒。
最初何がなんだか分からなかったが、自己紹介のつもりなのかと解釈し
月瑠も取り敢えず自分の名前を伝えた。
彼女について理解すべき事は多すぎる。
だが先ずは、伏黒はありがとうと感謝の気持ちをぽつりと伝え、五条に頼まれたホテルへのチェックインという仕事をこなすため歩き出した。