第5章 トリガーの襲来
熱のある体で、そんなに遠くへ行けるとは思ってないし、土地勘も無い場所で一人彷徨うのも嫌なので。
元より、沢山出歩こうなんて思っていなかった。
事務所からの帰りの時には、雷さえ落ちていた雨雲が、もうすっかり消えて冬の星空が見えている。
だけど、真夜中でも明るい東京では、地元の大阪に比べて、星があまり見えなかった。
煌めく星々を繋げて作られた星座達に基因する、神話の物語を思い出す。
私は中でも、やっぱりヘラクレスが好きだ。
数々の怪物と戦い、それらを討伐した英雄の物語。
神の子として生まれながらも王位はもらえず、それでも民衆達の偉大な王を目指して、立派に試練に立ち向かう彼は、まさしく私が憧れるヒーローの姿。
ヘラクレス座は夏に見える星座だから、今の時期はそもそも見られないんだけれどね。
都会の夜空は明るいと聞いていたけれど、予想以上に星が見えない。
それがまた、寂しい。
アイドリッシュセブンの子達も、事務所の人も、みんな良い人ばかりだ。
努力家で、仲間思いで、真剣で、適当な仕事をしてる人なんて誰も居ない。
だから、なのかな。
良い人達すぎて、私の居場所がここじゃないんだなって、思ってしまう。
早く自分の家に、赤叉棚に帰らなきゃって、思ってしまう。
(そんな事をもし口にしたら、和泉さんはどんな顔をするんやろうか)
私は冷え切った夜空の下を歩きながら、少し彼の事を考えてみる。
きっと和泉さんが私の面倒を見てくれるのは、鳥居先生に頼まれたから。
本当は忙しいはずなのに、風邪を引いて足の遅い私の手を引いて、一緒に歩いてくれた。
赤の他人のはずなのに、私の事を知らないって言ってたのに、とても親切にしてくれる。
ちょっと構いすぎなんじゃないかって、思うくらいに。
思い返せば、彼はなんだかおかしい。
寝ているかどうか確認した時は、私に近寄るなって言ったり。
逆に、タクシーから降りた時は、急に手を離すなと言ったり。
今冷静に思い出してみると、少しくすりと笑ってしまう。
くすぐったい矛盾だ。
でも、嫌じゃない。
彼はとても優しい、と思う。
だから恩を返したい。
家に帰るのは、それからでも良いような気がする。
どうせ、この世界から抜け出す方法は、まだ分からないのだ。
私は帰れない。
ここにお世話になるしかない。