第1章 落ちて拾われて
知らず知らず緊張していたらしい。
「出身は大阪だって聞いたけど、君は、いつ東京へ来たんだい?」
━━ここ東京だったんだ。
鳥居先生そんな事、一言も言ってなかったけど?!
驚きと共に小さな怒りを覚える。
あのお医者さま、いい性格してらっしゃる。
「こちらには、本日参りました」
「仕事と、住む場所が欲しいんだよね?」
「え、あ、はい」
よく分からないから頷いておこう。
もし何かあったらあの医者に言いつけてやる。
「今まではどんな仕事を?」
「製紙工場の作業員として、原料の繊維を扱っておりました」
「パソコンはできる?」
「いいえ。ほとんど触った事がありません。作図と表計算なら、工場でもたまに任されております」
「演劇は、もうやってないの?」
自分の瞳孔が、動揺して開いたのを感じる。
一度まばたきをして、軽く息を吸い込み、にっこりと微笑みを繕った。
「小学校のお遊戯会ですか? そんな昔の事は、あまり覚えていませんね」
「うちは芸能事務所だ。隠すのはあまり印象が良くないと思うよ」
あんなに優しく笑いかけてくれていた社長さんの目が、今はとてつもなく怖いものに感じる。
私が劇団に入っていたのは、たったの二年だ。
何度か主役を演じただけで、世間に取り上げられたりはしなかった。
そこまで有名になる前に辞めたんだ。
信じていたのに、答えてもらえなかったから。
なぜ知ってるの、いやどこで知ったの、そもそも本当に私のこと?
焦りで上手く頭が回らない。
こんなに踏み込まれて聞かれた事なんて、今まで一度もなかったのに。
━━私の何をどこまで知られているの━━?
怖かった。
涙が出そうなほど。
でも泣いてしまえば、それこそ全てをさらけ出さなければいけない気がした。
別に全部を知られてしまった訳じゃない、そう、まだ間に合う。
肩を下ろす。
目を閉じる。
深く呼吸をして。
ふ、と笑った。
「劇団員やったんは、小学生の頃の話なんですよ、社長さん。もうやめてしまいました。私は舞台に立つ気なんて、あらへんのです」