第3章 籠鳥姫
「そうですか。長湯しないように、気をつけて下さいね」
和泉さんの手が私の額から離れて、右手を取られる。
私の重たい歩幅に合わせてゆっくり隣を歩いてくれる和泉さんは、やっぱりとても親切だ。
だが、欲を言えば少し気恥ずかしいので、手は離してほしい。
まだ一人で歩ける程度だから、そんなに心配しないでほしい。
私は確かに病人だけど、介護が必要なほど弱ってはいない。
と、思う。
浴室は廊下の突き当りの角部屋で、脱衣場には洗濯機が置かれていた。
さすがに洗濯機まで借りる訳にはいかないと思い、今日の帰りにコインランドリーへ寄る予定を、忘れていた事を思い出す。
せめて、場所くらいは紡さんに聞けば良かったな。
和泉さんは私を浴室まで連れて来てくれると、すぐに部屋へ戻っていったようだった。
扉が閉められると、一人分の足音が遠のいていく。
私はシャワーを借りる事にした。
体が温まると、すぐに着替える。
熱が簡単に下がるはずもなく、再びめまいが私を襲った。
立っていられなくて、その場にうずくまると、明滅していた視界がだんだんラクになっていく。
ふう、と長く息を吐き出し、私は新しい服に着替えてタオルを頭に巻き付けた。
髪から滴る雫が床を濡らしてしまわないように。
できるだけ早く入浴を済ませたつもりだけどきっと三十分は、かかってしまっただろう。
脱いだ服を抱えて、私は和泉さんの部屋の扉を再びノックした。
「お風呂、お先に頂きました。どうぞ、次お使い下さい」
ドア越しに声をかけて、そのまま立ち去ろうとすると、扉が開いて和泉さんが私の肩を掴んだ。
「あなた、学習能力が無いんですか」
見下される目は、なぜか冷え冷えとしている。
また何か叱られる事をしてしまっただろうか、とたじろいでいると、和泉さんが私を自分の部屋の中へ招き入れた。
和泉さんの真意が掴めないまま、入室させて頂く。
部屋の中は、和泉さんの性格をそのまま表しているかのように、整頓されていて色合いも落ち着いていた。
可愛らしいぬいぐるみが見えるが、アレはファンからの贈り物だろう。
「人の部屋をジロジロ見ないで下さい。どうぞそこに座って」
注意を受けつつ、和泉さんが持ってきた椅子に、言われるがままに腰かける。
勉強机に向かうように置かれていたその椅子は、座面にクッションが敷かれていた。
