第3章 籠鳥姫
叱られるっ!
「私は、あなたが上がったらすぐに使わせて頂きますから」
想定していたよりもずっと優しい声に、私は瞼を開いた。
私の髪を拭いて濡れてしまっているタオルを頭に乗せて、和泉さんは言っている。
「病人は余計な事を考えず、大人しく私の指示に従っていればいいんですよ」
それも、そうなのかもしれない。
私は熱が出ているのが事実で、濡れた服が私の風邪を悪化させるだろう事は事実で、外は雨が降っているのも事実で。
ここで自分の考えを押し通す方が、我儘で子供っぽい事なのかもしれない。
和泉さんは周りがよく見えている人だ。
私よりずっと、この状況を冷静に判断できているのだろう。
鬱病の私なんかより、ずっと。
「分かりました。なるべく早くお風呂開けますから。お先に使わせて頂きます」
ぺこり、と頭を下げると、和泉さんは何も言わず奥へ立ち去ってしまった。
私は急いで体の雨水を拭き取り、靴を脱いで足を拭いた。
中へ入って三階まで階段を上がると、自分の部屋に入る。
鳥居先生が初日に持ってきた荷物は、最初から多かった。
中でも衣類は豊富で、デザインさえ無視すれば、どれもとても質の良い服だ。
着替えを用意して階段を降りると、ふと疑問が浮かんだ。
(浴室って、どこにあるんやろうか?)
少し考えたが、やはり和泉さんに尋ねる事にした。
彼の部屋の前まで行き、扉をノックする。
すぐに顔を出してくれた和泉さんは、既に温かい服に着替え終えていた。
「何度もすみません。浴室の場所をお教え頂きたいのですが」
「ああ、そういえば、あなたは寮の中をまだ良く知らないんでしたね」
こっちです、と和泉さんが先導して浴室まで案内してくれる。
私は、また熱が上がっているのか、視界がかすんで足が重たかった。
スタスタと歩いていく和泉さんは、一本道の廊下をただ突き進むだけで、見失う事はないけれど、距離はどんどん離れていく。
途中でそれに気づかれたのか、和泉さんが前方でピタリと足を止め、こちらへ戻ってきた。
目の前までやってきた和泉さんは、私の額に手を当てる。
「辛いなら、入浴はやめておきますか?」
私の額に触れている和泉さんの手が、ひんやりとして気持ちよく感じる。
でも、体は相変わらず寒い。
しばし考えた後、私は首を横に振った。
和泉さんの眉間には、皺が寄るけれど。
