第3章 籠鳥姫
彼はまだ学生だから、彼はアイドルのセンターだから、彼は完璧主義だから、彼は恩人だから。
だから、甘えるべきではない。
そんな解が、頭の中で成立しているのに。
私は、和泉さんの温かい手の中に居る。
大きな矛盾だった。
でも、彼のあんな声を聞いてしまった今、彼が持っている責任感を私が拒否し、崩し落とすのは。
申し訳無い気がして。
どうして、あんな縋るような声で、彼は私に不服かと聞いてきたのだろう。
もしかしたら、熱のせいで私が聞き間違えたのかもしれない。
でも。
私の髪を包む彼のタオル越しの両手は終始優しく、刺々しさを全く感じない。
顔は見えないけれど、私を邪魔者のように扱われていないのが、なんとなく感じ取れた。
鬱病と診断された人間の私を、彼がもっと邪険に扱って、寮から追い出しても、私は不思議に思わない。
きっとそっちが妥当だ。
なのに。
和泉さんは、温かい。
彼はひょっとしたら、物凄くお人好しで想像を遥かに超えたお節介さんだったり。
する、のだろうか。
今の可笑しな現状に納得のいく答えを導き出そうと、精一杯思考を巡らせる。
が、先に時間切れとなった。
「これで、頭は随分乾いたでしょう。タオルはもう一枚持ってきましたから、こっちの新しい方で体と足を拭いてから、着替えを持って浴室を使って下さい。今日はまだ誰も使ってないので、早い内にどうぞ。何か質問は?」
新しいタオルを差し出されて、それで服や肌の雨水を軽く拭き取る。
膝を突き合わせて目の前に居る和泉さんを見ながら、私は口を開いた。
「怒らないんですか?」
尋ねると、和泉さんは深い溜め息を吐き出した。
「はあ。あなた、人からよく鈍感だって言われるでしょう」
決めつけた言い方に、良い気はしない。
が、似たような事なら言われた事がある。
実の親からだ。
「どうしたら自分の言いたいことが伝わるのか、とはよく言われて育ちました」
目に浮かびます、と和泉さんは言って立ち上がる。
そのまま立ち去ろうとする彼に、慌てて私は声をかけた。
「あ、あの! 和泉さんが風邪を引くといけないので、浴室はどうぞ和泉さんが使って下さい! 私は銭湯へ行ってきますから」
「傘もささずに?」
鼻で笑う和泉さんから、今度は少しの苛立ちを感じる。
うっ、怖い。
私は目をぎゅっとつむった。