第3章 籠鳥姫
本当は体が寒い。
無理をして環くんの前で笑顔を取り繕っていた自覚はある。
でも、体調がそこまで悪化してると思ってなくて。
気をこれ以上緩めては、このまま倒れ込んでしまいそうだと感じた。
私は意識を保つ事に集中する。
吐く息が熱く乱れていても、めまいがしていても、体が寒さで震えていても、とにかく意識を手放さない事だけを考える。
と、頭の上にかけられた乾いたタオル。
俯いていた視線を少し上げると、しゃがんだ和泉さんの腰が見えた。
「お待たせしました」
抑揚の無いいつもの和泉さんの声が、頭上から聞こえる。
そのまま、わしゃわしゃとタオルで髪の水気を拭き取られ始め、私はされるがままになっていた。
が、あまり手間をかけさせてはいけないと思い直し、和泉さんの温かい両手に触れて、そっと私の頭から遠ざける。
「あとは、自分でできます、から。和泉さん、は、課題とか、明日の用意とか、を、なさって下さい」
和泉さんの目を見上げて、できる限りの笑顔を繕う。
息が上がっているせいで、途切れ途切れにしか喋れなかった。
でも和泉さんは、いつだって私に一定の距離感を保って接していたから、立ち去ってくれると思った。
「私、は、大丈夫、ですから」
こう言えば、きっと和泉さんは、私を一人にしてくれる。
と、思ったのは私の勝手な思い込みだった。
「では、風邪を引いたあなたの面倒を見るのが、今の私の最重要課題です。最初にあなたがここに住む事になった時に、言ったでしょう。あなたの面倒くらい、どうって事ありません。むしろ勝手にふらふらうろつかれて、七瀬さんに風邪を移したり、外で事件を起こされる方が、私にとってマイナスなんですよ。それとも、私では不服ですか?」
「・・・いえ。分かりました。ありがとうございます」
和泉さんの最後の問いかけが、心なしか声が震えていたように聞こえた。
なぜか、自信無さげにも聞こえた気がするその問いに、私は無下に振り払えず。
掴んでいた和泉さんの両手を、自ら自身の頭の上に戻した。
再び、和泉さんは優しく私の髪をタオルで乾かす。
彼に甘えてしまう事に罪悪感を感じつつも、他の選択肢を取れそうにない事を、心で理解する。
和泉さんの優しさを拒否する理由なら、いくつも思い浮かんだのに。
どうしてなのかその手に、甘えてしまう事を私は選んだ。
