第3章 籠鳥姫
「部屋でじっとしてたら、ええやんな? 食事も適当にコンビニで買って来られるから、気にせんといてな。ここまで着いてきてくれて、ホンマありがとう」
和泉さんに感謝を伝えると、彼は眉間に皺を寄せて手の甲で口元を押さえ、固まった。
後から、うっかり方言で話してしまっていた事に気づき、もしかしたら何を言ったのか伝わらなかったのでは、と心配になる。
言い直すべきかと思い再び口を開ける私に、和泉さんは顔を背けて、それまで握っていてくれた手をばっと放し、早口で言った。
「濡れたままでは悪化するでしょうから、タオルを取って来ます。少しここで待っていて下さい」
雨水が滴るコートを小脇に抱え、和泉さんは素早く靴を脱いで、奥へ歩いていってしまった。
あの妙な間は何だったのだろうと思いながら、私もヒールを脱ぎはじめる。
が、頭からつま先まで私は既にズブ濡れで、このまま玄関にあがれば床を濡らしてしまうと考えた。
仕方なく脱ぎかけたヒールに足を戻し、私はそのまま和泉さんを待つ。
「おかえりいちねえ」
リビングからひょっこり顔を出したのは、環くんだった。
彼はプリンとスプーンを手に持っており、とてもリラックスしているような雰囲気だ。
私は軽く頭を下げて、挨拶を返した。
「ただいま戻りました。すみません、体調を崩してしまって、今は皆さんのお役に立てそうにないんです」
「誰だって風邪は引くだろ。気にすんなし。それよか大丈夫? しんどい?」
言葉は少ないが、環くんも私を心配してくれているのが分かった。
私は笑顔を見せて、平気だと答える。
「少し熱があるだけですから。でも環くんに移っては大変なので、あまり私とお喋りしない方が懸命だと思いますよ?」
「でもいちねえ、泣いたんだろ。目、赤い。それは大丈夫なの?」
「泣いてませんよ、熱があるせいでそう見えるんじゃないですか?」
嘘をついた。
でも環くんは学生だから、アイドルと勉強を両立させなければいけない立場だ。
余計な心配をかけたくない。
「私に構わず、どうぞお好きに過ごして下さい。あんまり長居していると、環くんも風邪を引いてしまいますよ」
「・・・無理、すんなよ。俺に手伝える事、あるなら言って。なんでもするから」
環くんがリビングの奥へ消えると、私はその場にしゃがみ込んだ。
息が荒くなる。
熱が上がったらしい。
