第3章 籠鳥姫
「私の肩にもたれ掛かって下さって構いませんよ。そのまま、寝てしまって下さい。寮に着いたら起こしてあげますから、今は体を休めて」
普段なら聞けないような、優しい和泉さんの声に。
私はなぜか、完全に気を許してしまって。
握られた手の頼もしさに、安心して、私は意識を自ら手放した。
こっくり、こっくり。
微睡の中、温かい左手に守られて、船をこぐ。
水面は落ち着いていて、静かな池の中。
船から水表を眺めると、幼いころの私が居た。
大勢の大人達に囲まれて、裾が広がった重たいドレスを着せられたり、髪を好き勝手にいじられている。
これは、きっと私の初舞台の日だ。
幼い私は緊張していて、ガチガチに固まっている。
白雪姫に出て来る七人の小人の一人、なまけもの役の時の記憶だ。
舞台に上がっていうセリフは無く、私はただガラスの棺の周りに皆で座り込み、いつか白雪姫が目を覚ます日を夢見る、という演技をする。
私の髪をいじり終えて、帽子を被せてくれた大人が、幼い私に話しかけてくれた。
「まあ、なんて顔。にっこり笑ってごらん」
言われるままに笑みを見せてみる。
歯が出るようにイーと言うと、今度は、
「じゃあ怒って、ほら」
頬をプクーと膨らませて、怒った顔を作る。
「はい、今度は泣いてごらん」
幼い私は両目を手で覆い、物が喉に詰まったような声を出した。
「そう。そういう顔だよ。一華ちゃんの大事な人が、ずっとずっと眠ったまま目を覚まさない。一華ちゃんはすごく悲しいけど、どうしたら良いのか分からない。でも、明日も明後日もその次の日も、一緒に眠っていれば、いつかその大事な人は起きてくるんだよ。一華ちゃんは、そう信じて今から舞台に出るんだ。できるよね?」
と、言われて、幼い私が頷くと丁度出番になる。
幕が上がると、他の子役と一緒に、ガラスの棺に集まった。
この時の私の演技は、拙いものだっただろうに、なぜか劇団の団長さんからは本番が終わってすぐに褒められた。
この日の公演の事は、よく覚えている。
私の髪をいじり、表情をあれこれ指図した大人、彼こそが団長さんだったのだ。
舞台のラスト、演者が総出で客席にお辞儀する、カーテンコール。
団長さんは私をいきなり抱き上げ、主演に惜しみない拍手を贈る客席に向かって、声高々に宣言した。