第3章 籠鳥姫
手を引かれて席を立ち、操り人形のように相手の手に引かれるまま歩き出す。
私の手を優しく握ってくれているのは、和泉さんだった。
「今日はこのまま帰りましょう。良いですよね」
と、話しかけられる。
私は返事する事もできない。
資料作成は、まだ途中だった。
本当なら、残業して早くまとめ上げなければならない情報のはずだ。
新人の私が長い間持っていていい情報とは思えない。
でも私の体も心も、まだ頑張れる、とは言ってくれない。
早く一人になりたい。
これが私の本音だった。
うんともすんとも言わない私を、和泉さんはどう思っているだろう。
軽蔑しているだろうか。
昼間は大人ぶって大丈夫だと答えていた人間が、その日の夜には何もできない、何も考えられない人間に成り下がっている。
嫌悪を通り越して、呆れられていてもおかしくない。
ああ、やっぱり、私は嫌な人間だ。
事務室から私の荷物を持ってきて、和泉さんは再び私の手を引いて歩いた。
気づくと事務所の外に出ていて、和泉さんが自分のコートを私の背中にかける。
「あの、私そこまでして頂かなくても。和泉さんが風邪を引いてしまいますから」
コートを脱ごうとした私の手を遮り、和泉さんが不機嫌な顔をして言った。
「病人に寒空の下歩かせる事はできません。私がそんな薄情な人間に見えますか。私の事はいいから、まずは自分の事を考えて下さい。全く、世話の焼ける人だな。私の事は気にしないで下さい。ほら、歩いて。タクシーを呼びますから」
弁明はさせてもらえそうにない。
申し訳無さと情けなさを感じつつ、私は言われた通りまた歩き出した。
和泉さんは、変わらず私の手を引いている。
・・・温かい。
大通りへ出ると、タクシーはすぐにつかまった。
二人で後部座席へ乗り、和泉さんが寮の住所を運転手に伝える。
運転手が、鏡越しに話しかけてきた。
「驚いた! 嬢ちゃんはアクーチャにそっくりだね。うちの娘達が、昔好きだったんだ。知ってるかい? 童謡を歌うのが上手な、アニメか何かの子なんだけどね!」
「他人の空似じゃないですか? 私達はアクーチャにあまり詳しくありませんので。彼女、少し熱があるので、安全運転でお願いします」
運転手の問いかけに、和泉さんは淡々と応じる。
和泉さんは私の手を握る力を少し強くして小声で、話しかけてきた。
