第3章 籠鳥姫
鳥居先生の手が優しくて、心地良くて、熱があるのも相まって、私はうっかりすれば居眠りしそうな状態だった。
「それと」
と、私の頭から手を離して、鳥居先生は深刻な顔をして再び話し始める。
「あんた、嘘をついたね? 持病無いなんて。あんたはれっきとした、うつ病じゃないのかい?」
え? と。
思わず聞き返してしまう。
「いいえ、そんなはずは。私が鬱なんて」
そんな事ある訳ないと思って、鳥居先生の目を見る。
自分で疑った事も無ければ、周りから言われた事も無い。
もちろん、精神科の医師に診断された事だって無い。
でも鳥居先生の緑の瞳は、私の顔を真っ直ぐに見つめて、冗談だよなんて絶対に言い出さない目をしていた。
それで、やや間を置いて、自分がうつ病なのかもしれない、と考え始めた。
うつ病がどういう病気なのか、私は詳しい事を知らない。
落ち込んだり、気分が沈んだ時もあったけれど、それは私のただの主観に過ぎなくて。
そういう気持ちになる事も、人間なら往々にしてある事で。
人生というのは長い訳で、その全ての時間を明るく楽しく過ごしてきた人なんて、きっと誰一人として居ない訳で。
だから、私はただ暗い「性格」なんだと思っていたけれど。
違う、のだろうか。
「本当なんですか?」
恐る恐る尋ねる私に、鳥居先生は重々しく首を縦に振った。
「受け入れられないなら、まずはあんたに、そういう性質、があるんだと思ってくれて良いから。でも治療はするよ。あたしは薬剤師だ。良い精神科の医者を紹介するから、安心しな。そこで改めて診断を受けて、処方箋をもらっておいで。薬の事なら、あたしが丁寧に教えてあげられるから。大丈夫だよ。あんたにはあたしも居る。一織くんも居る。先は長いんだ、何とでもなるよ。安心してほしい」
私の両肩をさすりながら、鳥居先生が私に言った。
不安しかない。
ただでさえ私は今、異世界に居るんだ。
その上うつ病、だなんて・・・。
目を背けたい思いが、私の視線を下へ下へと降ろさせる。
自分自身を取り繕う余裕なんて、もはや一欠片もなかった。
狭まる視界、色が無くなっていく、音は遠退き、体は寒さを訴えた。
鼻がツンと痛む。
私は声も無く涙を流していた。
席を立った鳥居先生が、和泉さんを呼んで話をする。
どんな話をしているのかは、私の耳に入ってこない。
