第3章 籠鳥姫
鳥居先生のメモには、確かに薬は大事だ、みたいな事も書いてあった。
連絡手段を持っていない私は、鳥居先生に積極的に連絡を取る事ができない。
つまり自分の体調が悪くなろうと、深刻な相談事があろうと、気軽に鳥居先生を頼れないのだ。
元より、私はもし今日風邪を引いていたとしても、元気なフリをし続けて仕事をこなし、寮に戻ったら自室に引き籠もって、布団に入りじっとしている、くらいの事しかしなかっただろう。
誰かを頼る事が頭に無い私は、全ての問題を自力で解決しようとしていた。
和泉さんには、そこまで見透かされていたのかもしれない。
「ここまでしてくれんでも良かったんやで?」
お姉さんとして意地を張りたくて、和泉さんに強気に言ってみる。
が、眉をひそめて睨まれてしまった。
「私を騙せると思っているんですか? あなた、今日はまともな食事は取りましたか? それに、熱も出ていますよね。触れた肩が明らかに熱かったですよ。普通じゃない。わかったら観念して、先生に診てもらって下さい。私は部屋の外で待っていますから」
和泉さんは、会議室から出て扉をパタンと閉めてしまった。
そうか、全部バレていたのか。
一日中、資料作成に没頭していた私は、今朝から体調があまり良くない事を自覚していた。
それでも新人の身で出勤二日目にして休むのは、どうにも自分で許せなくて。
朝食として食べた昨晩のお弁当も、あまり味が分からなくて、半分くらい残してしまった。
お昼は本格的に熱が出ていて、食欲も無かったため、これ幸いにと更に仕事に集中していた。
そして、紡さんから声をかけられていた事にも気づけず、恐らく和泉さんにはこの時既に、私の体調不良を勘づかれていたのだ。
上手く取り繕えなかった。
でも、もう気を張らなくて良いと思うと、なぜか肩が軽くなった。
鳥居先生の目の前にある椅子に座る。
「服の中に入れるよ」
聴診器を手にした鳥居先生が、私のスーツのボタンを外すように促した。
――そして、診断結果は予想通り下りる。
「熱っぽい、喉の奥も腫れてる、呼吸音は正常、ただし脈はちょっと早い。風邪だね。すぐに薬を用意してあげるから、きちんと食べて、きちんと寝な。明日は仕事を休むべきだね。あたしから一織くんに言ってあげる。あんたは不器用だ。自分を大事にしな」
鳥居先生はそう言って私の頭をなでた。
