第3章 籠鳥姫
紡さんに促されて、私はすぐに訓練場から出る事になった。
お先に失礼します、と晴れ晴れしく言えた事が、たったそれだけの事なのに、嬉しい。
ここでようやく、胸ポケットに入れていたメモの存在を思い出す。
改めて眺めるが、やはり丁寧な字で、差出人の名前が無い。
でもよくよく観察すると、その丁寧な文字に見覚えがある事に気づいた。
家具や雑貨の雑誌に貼られていたあの付箋の文字。
和泉さんだ。
メモにある私という一人称から、てっきり女性だと思いこんでいたけれど。
そういえば和泉さんも、自分の事を私と呼ぶ。
という事は撮影が終わった後、和泉さんは事務所にわざわざ残り、会議室前で私を待っていた、という事になってしまう。
まずい、また怒らせてしまっているのでは無いだろうか。
私は急いで会議室前まで向かう。
和泉さんは静かに目を閉じて、扉にもたれ掛かるようにして立っていた。
・・・眠っているのだろうか。
そっと近づいて、下から顔を覗きこむ。
リラックスした呼吸音が聞こえる。
が、寝ているのか起きているのかは分からない。
刹那、和泉さんの目がぱちり、と開かれた。
「な、なんでそんなに近いんですかっ! 離れて下さい! 今すぐっ!」
真っ赤な顔で、両肩に手を置かれて距離を取られる。
「ごめんなさい。寝てるのかと思って」
「寝ている私に何をする気だったんですかあなたはっ!」
「いえ、寝てるのか起きてるのか分からなかったから、顔を見て確認しようと思って。すみません」
どうやら驚かせてしまった挙げ句、琴線にも触れてしまったらしい。
私の肩を掴む和泉さんの力は、少し乱暴に感じた。
重ねて謝ると、ようやく和泉さんが手を離してくれる。
ちょっと怖かった。
大きく溜め息をこぼす和泉さんは、まだ顔が赤いままで、何なら耳まで染めている。
なんだか申し訳ない気持ちにもなった。
「あなた、誰にでもこういう事するんですか?」
「え、まあ。分からない場合は見て確認するのが一番じゃないですか?」
「次からは相手が誰であろうと声をかけて下さい。さっきみたいに急に近づくのは危ないですよ。特に二階堂さんや六弥さんなら、手遅れになっていたかもしれません。今回は私だったからまだ良かったものの。全くあなたという人は」
・・・私は、その後数分間程、和泉さんに叱られ続けた。
