第3章 籠鳥姫
自分達はここに居る、と訴えかけているようだった。
なぜこんなに心動かされるのだろう、とふと疑問を持つ。
彼らは、アプリゲームの中の、架空のキャラクターに過ぎないはずなのに――。
一曲、通しで振り付けを確認した三人が、改めて話し合っている。
あのフレーズでは環くんが前に出がちだから。
こっちのタイミングでは六弥さんが大きめにステップを踏む癖があるから。
など、この場に居ないメンバーの動きのパターンを頭に入れて。
今度は、音無しでカウントのみで、フレーズ毎に細かな調整をする。
私は、そんな彼らの姿を見て。
自分の存在価値について考えていた。
私には、彼らのような大きな目標も、壮大な夢も、目的も、何もない。
何もないからこそ、平凡な生活を求めて、日々過ごしていた。
誰かに干渉される事もなく、一人で、静かにただ生きていく。
そんな毎日だった。
その日常に、私は満足していたと思っていた。
変化のない日々こそが、最も難しくて最も幸せに暮らせるのだと、思っていた。
でも彼らは変化を求めている。
成長と躍進に、貪欲にかじりついている。
一歩でも先を目指している。
それが、とても楽しそうで、充実しているように見えて。
私は、何か大切な物に気づかなければならないような、そんな気がしていた。
でも、一度気がついてしまえば、自分がこれまで築き上げた「平凡な毎日」は、二度と帰ってこない、そんな気もしていた。
滲む涙は、感動と恐怖のどちらの要因が大きいのだろう。
視界がぼやける前に、私は彼らから目を背けた。
「お疲れ様です! ただいま戻りました!」
訓練場の扉が開いて、明るい紡さんが顔を出す。
「一華さん、一織さんが会議室前で待ってるそうなので、今日はそのままお二人で上がって下さって構いませんよ! 私も万理さんに一声かけたら、お先にお仕事終わらせて頂きますから。大和さん達のレッスンには、万理さんが付いて下さる予定になっています。今日も一日、おつかれさまでした!」
・・・もしかして、泣いてるんですか?
私にペコリと頭を下げた紡さんが、私の顔を覗き込んでそう言った。
「泣いてなんかあらへん!」
慌てて取りつくろおうと瞬きした時、私の頬をすっ、と一筋の涙が滑り落ちた。
ああ、どうか、そんな心配そうな顔をこっちに向けんといて。