第3章 籠鳥姫
綺麗に綺麗に磨き上げた訓練場は、我ながら埃一つない部屋となった。
鏡に映った自分は、確かにアクーチャが大人になった姿そのもの。
昔、劇団員をやっていた頃を思い出す。
演じるはずだった主役、親指姫のセリフ。
「ねぇお母さま、私は幸せよ。だってほら、窓の外はこんなにも青空が澄み渡っていて、お池の花の蜜はこんなにも甘い。お花のベッドはいつも柔らかくて、そばで見ていてくれるお母さまはいつも優しい。だから私、お外へ出たいなんて思わないわ! お外には怖い虫さんやカエルさん、大きな鳥さんや猫さんがいるのでしょう? 私、ちっともお外の世界にあこがれてなんか居ないのよ! だからお母さま、そんな顔しないで。ねぇ、笑って? そうだ! 私、お母さまの好きなお歌を歌うわ! お母さまも、一緒に歌いましょう?」
鏡に写る、あどけなく笑う少女。
衣装の花弁のドレスでなく、華美なスーツ姿をしていても。
それが幼い娘の愛らしい仕草を取れば、まるで世間を知らない子どものようだった。
十年以上も前の事だというのに、意外と覚えているものね。
もう鏡像は、ただの私に戻っている。
舞台に立てば、格好いい役をもらえると思った。
ピーターパンやアラジンの役をもらって、格好いい衣装が着られる日が来ると思っていた。
でも、そんな日は来なかった。
幼かった私は、叶いもしない夢を見ていたのだ。
妖精の粉も、魔法のランプも、現実には存在しない。
シンデレラはお姫さまになれても、ただの町娘はヒーローになれない。
嫌というほど、思い知らされた。
夢なんて見ない方がいい。
夢を見続けるのは辛い。
私は掃除用具を片付けた。
濡れた雑巾を干す時に気づく。
用具入れの、雑巾を干すためにつけられた洗濯バサミ。
そこに、書き置きが挟んである。
丁寧な字だ。
――話があるので、私達が戻ったら会議室前で待っていて下さい。
差出人の名前は無いが、きっと紡さんだろう。
仕事の話なら、事務室でも聞くのにな。
でも今日は、資料作成に没頭してて、紡さんの呼びかけが聞こえへんかった。
ああ、それが原因か。
余計な手間を取らせてしまって申し訳無い。
部屋の掃除は終わったので、書き置きのメモを胸ポケットに仕舞い、訓練場に鍵をかける。
さて、事務室に戻ったらまたパソコンとにらめっこだ。