第3章 籠鳥姫
二階堂さん達に、労いと応援の意味を込めて笑顔で言うと、紡さんは嬉しそうな笑顔を向けてくれた。
二階堂さんは私から視線を反らし、先に事務室から出て行ってしまう。
私は二階堂さんからは嫌われてるから、あんな一言でも癪に障ったのかもしれない。
和泉さんは、逆に私に近寄り、私の顔をじっと見つめてきた。
その顔がなんだか怖くて、さっき呼びかけが聞こえなかった事をもう一度謝らなきゃいけないのかなと思い。
「えっと、ごめんなさい。これからは、ちゃんと呼ばれたらお答えできるように、気をつけますので」
と、苦し紛れに重ねて謝った。
「・・・ずっと仕事してたんですか?」
「はい。大切な書類のようでしたので、なるべく早く終わらせようと思って。私はまだこの仕事に就いたばかりだし、できる仕事が少ないし、早く慣れていかなきゃと思ってるんです。あの、駄目だったでしょうか?」
俯きがちになりながら、恐る恐る聞いてみる。
「別に、悪いなんて言ってませんけど」
和泉さんが眉を顰めて、手の甲を口元に寄せた。
ああ、また不機嫌にさせてしまったらしい。
「えっと、訓練場。ピッカピカにします。がんばります。だから、えっと、あの」
見られ続けているのが居たたまれなくて、言葉は尻すぼみになる。
そんな私達を見ている紡さんは、微笑ましそうにニコニコしていた。
あの、できれば笑ってないで助けて下さい。
紡さんとアイドリッシュセブンの皆さんが撮影に出てすぐ、私は訓練場の清掃をする事にした。
朝からやっていた資料作成は、いつ終わるか分からない。
皆さんが帰ってきたらすぐレッスンできるようにしてあげたい、と思って。
訓練場の鍵を持って、移動する。
ずっとデスクに居たせいか、お尻が少し痛い。
少し伸びをしながら歩いていた。
鍵を開けて中に入った訓練場には、特に何もない。
環くんの飲みかけのジュースくらいの忘れ物は、ありそうな物だと思っていたけれど。
考えてみれば、逢坂さんも和泉さんも居るから、その辺のチェックは当たり前かと思い直す。
用具入れを開けてバケツを持ち、水を汲んで戻ってくる。
まずは鏡を丁寧にみがいた。
そこに写る自分は、今朝見たアクーチャが大きくなった少女にも思える。
――アクーチャ。
彼女は何者なのだろう。
この世界に、実在するのかな。