第3章 籠鳥姫
「おはようございます山中さん」
まず顔を合わせたのは大神さん。
デスクでパソコン作業中なのか、大神さんは椅子に座って、書類の山に埋もれていた。
うん、今日も大変そうだ。
大神さんは机の引き出しから何かを取り出し、椅子から立ち上がって私の方へ来た。
その表情はどこか晴れやか。
「山中さんの社員証、ようやくできたんです! 今日からこれをつけて、働いてくださいね」
首から下げる名札には私のフルネームが記入されており、私の名前の上には小鳥遊事務所所属、と書いてある。
製紙工場で働いていた時は、社員証なんて無かったから、なんか新鮮な気持ちだ。
名札をつけて過ごすなんて、学生以来の事ではないだろうか。
柔らかく丈夫な透明カバーの中に入っている自分の名前を、まじまじと見つめてしまう。
「今日の服は、一段とお似合いですね! 社員さんというより、タレントさんみたいです。やっぱり、山中さんは少しフワっとした服の方が、魅力的ですよ。モデルとか興味ありませんか?」
「いや、私はそういうのは、ちょっと」
左手を翳して拒否の態度を示すと、大神さんは残念そうな顔をした。
世間に顔を晒すつもりは、私にはない。
元より、人目につく職業からは距離を置いていたのだ。
アクーチャとかいうキャラクターに似てると言われたばかりの今、なおさら自分を商品にはしたくない。
鳥居先生が見繕ってくれた服は、私にとっては派手すぎる。
寮に帰ったら服の整理と、コインランドリーの場所探しをしなければ、と思った。
できるだけ地味めな服を選んで、それを繰り返し着られるように。
社員証を首から提げて、自分の服装に無駄なフリルやリボンがあしらわれている事を、恥ずかしいと思った。
せっかくもらった社員証なんだから、どうせならもっとデキる大人、的な格好でびしっと決めたかったな、なんて。
お世話になってる身で贅沢は言えないのが事実ではあるけれど、鳥居先生のチョイスに私は不満を持った。
荷物の中に、スーツは四着ほど入っていた。
やはり芸能事務所の社員として働くのだから、正装としてスーツは必需品だ。
なのに、比較的シンプルなデザインのスーツは一着しか無かった。
その一着は今、きなこの毛まみれだから着られない。
他のスーツは、全て襟や裾に華美なデザインが施されている。