第3章 籠鳥姫
「うち、違う。違うんや。そんなん知らへん」
「まずは落ち着いて。あなたがアクーチャかどうかなんて、今はどうでもいい事です。何に怯えているんですか?」
何に。
そんなの決まってる。
だからこそ、はっとした。
和泉さんの言う通りだ。
私は落ち着かなければならない。
逢坂さんから離れて、深く息を吸って。
ふう、とゆっくり吐き出す。
瞬きした瞬間に、私は仮面をつけた。
「私は山中一華。二十二歳。今は小鳥遊事務所のいち社員、です」
私は着せ替え人形じゃない。
大人たちの日和見主義者じゃない。
私は今はただの一般人。
普通の大人たちの内の一人、働き者の娘。
落ち着きを取り戻した私に、和泉さんが資料を見せる。
「そうです。そして、こちらがあなたの勤務内容を纏めたものです。今日は大丈夫ですか? もし休みを取るなら、私に伝えて下さい。あなたの携帯が契約可能になるまでは、私の携帯から、マネージャーに連絡します」
「大丈夫や。これでも私はお姉さんやもん」
心配かけないように、笑顔で応じる。
「じゃあ、私は部屋で待機してますね。女の私が混じってると、普段話せない事もございますでしょうから」
「全然気にしないよ! 一華ちゃんも一緒にご飯食べようよ!」
陸くんが私に席をすすめてくれて、三月くんも私の分の食器を用意しようとしてくれる。
けれど。
「いいえ、ご遠慮させて頂きます。お気遣いありがとうございます」
私は首を横に振り、その誘いを断った。
一般人は普通、アイドルなんかに深く関わらないものだ。
普通の人を演じる私に、彼らとの交流のシーンは不要なのである。
アイドル達の華々しいシーンはアイドル達が主体になって進行されるべきだ。
私は素早くリビングから退き、自室へ戻った。
別に、自分の部屋でやらなければならない事くらい、探せば見つかる。
そう、例えば、荷解きとか。
鳥居先生が昨日の朝残したカタカナ表記のメモ書きを読み解く事だとか。