第3章 籠鳥姫
結論から言うと、私は人と距離を置く事にした。
初出勤、初仕事を終えた夜、自室に戻った私は銭湯から帰ってきたばかりだったというのに、心も体もボロボロに疲れ果てていた。
濡れたまま冷えた髪も、爪で引っ掻いた靴擦れも、ただどうでもいい。
重要なのは、私がもうここに居たくないと思った、という現実だった。
自室の扉の前で蹲り、小さくなってそのまま目を閉じる。
帰ってきたらゆっくり食べようと思っていたのり弁も、外から帰ってきたままの冷たい洋服も、明日の仕事に備える気力も、何も、見たくない。
考えたくない。
そのまま私は、いつの間にか眠っていて。
気づいたら朝になっていた。
ドアの前で布団も敷かず、丸くなって眠っていた私を起こしたのは、控えめなノック音だった。
カーテンもかけていない窓の外には、寒そうな青白い空と、早起きな小鳥たちが見える。
部屋の中には時計が無いから、今が何時頃なのかは分からない。
のそのそと体を起き上がらせると、体が少し痛かった。
再び、控えめなノック音。
「やっぱり、まだ寝てるんじゃないかな?」
「だとしても、彼女にはまだ今日の勤務内容を伝えてませんから、そろそろ起きてもらわないと困ります。マネージャーからの連絡事項は、私が全て預かってるんです。昨日みたいに、登校前にバタバタと伝えたら、彼女にも迷惑がかかるでしょう。それに、昨日は早めに寝てもらうために、銭湯への案内も帰ってきてすぐにしたんですから」
ドア越しに聞こえる会話が、私を急かす。
どうやら相手は、逢坂さんと和泉さんらしい。
しかも和泉さんは、またもやご機嫌が宜しくなさげだ。
私はすぐに立ち上がって、ドアを開けた。
「ごめんなさい。さっき起きました」
髪や服の乱れより、和泉さんを怒らせてしまう事の方が気になった私は、何もせず扉を開けて顔を出した。
二人は私の顔を見るなり、眉をひそめる。
どうやら私は、相当酷い顔をしているらしい。
話があるから身支度をすませてリビングへ降りてきてほしい、と言われた。
私は適当な服に着替えて顔を洗い、口をすすいで手ぐしで髪をとかした。
自室の鏡台の前に座って髪をまとめ、化粧で顔色の悪さを誤魔化す。