第2章 始めて掴まれて
来た時と同じく、黙々と歩みを進める和泉さんと私。
来た時と違うのは、私たちの間に気まずい空気が流れている事。
銭湯からの帰り道、私はそれまで心地よく感じていた和泉さんとの距離感を、また計りかねていた。
近づけばその倍、遠ざけられているような。
私は人付き合いが器用じゃないから、また意図せず怒らせてしまったのかも。
何がいけなかったんだろうと考え始めると、思いつく理由は山ほど浮かぶ。
なんだか情けない。
私が肩を落として反省しているうちに、あっという間に寮へ帰り着いていた。
ただいまと挨拶しながら靴を脱いでいると、おかえりなさいと言う上機嫌な声と共にがばり、と飛び付かれる。
私の思考は停止。
こんな風に誰かに強く抱き締められた記憶なんて、幼い頃に弟からしがみつかれた事くらいだ。
大人の男の人からなんて、私の経験には無い。
私を拘束する腕は逞しく、けれどその辺の女性よりもずっと白い。
とりあえず、私はその腕を軽くぽんぽんと叩いて、離してほしいなぁ、という思いを込める。
なのに、異国の血を引く彼にはそんな私の意思表示が伝わらないのか、一層嬉しそうに私の頭を抱え込んだ。
ちょ、絞まってる絞まってるっ!
六弥さんに頭を押さえられながら、なんとか靴を脱いで上がる。
正直この体勢は軽い中腰状態で、立っているのもキツイ。
帰ってきたばかりでちょっと申し訳ないとは思いつつ、私は助けを求めて和泉さんに目を向けた。
視線が合うことすら無くふいと反らされる。
このくらいのハプニングは自分で対処しろという事か。
「すみません六弥さん。歩けないので離してもらえますか?」
「ノープロブレム。冬の妖精たちのイタズラで冷たくなってしまったアナタの頬を、ワタシのハートで守り、暖めて差し上げたいだけなのです。恥ずかしがらないで」
「ハハッ。結構デス」
ちょっと表現がロマンチストすぎて分からないけれど、答えはたぶんノーで正解だろう。