第2章 始めて掴まれて
━━まあ見えたとしても、こんなお爺さんなら、関係あらへんよな。
銭湯のお湯は、私には少し熱く感じた。
足下には、くるぶしだけでなく、かかとにも靴擦れができている。
少し傷口に沁みるけれど。
汚れを落として汗を洗い流した体は、銭湯のお湯にひたって、生き返るような心地がした。
今この瞬間だけは、難しい事を何も考えなくていい。
濡れた髪の先をいじりながら、私は深く息をついた。
身体が十分温まって、湯から上がる。
その時、目の前がチカチカと点滅して、思わずうずくまってしまった。
少し、のぼせてしまっただろうか。
めまいはすぐに治まった。
体が冷える前に素早く着替えて、濡れた髪の水分をタオルに移す。
のど渇いてきちゃったな。
番頭さんにお金を渡して、飲み物を買う。
湯上がりは瓶牛乳のイメージがあるけど、私はペットボトルのお茶を選んだ。
だって、瓶は趣あって素敵だとは思うけれど、あまり沢山飲めないんだもの。
お茶で口内を潤すと、今度は思い出したようにお腹の虫が鳴る。
そういえば、まだお弁当を頂いてなかった。
水が滴り落ちないくらいまで拭き取ると、私は濡れたタオルと脱いだ服をまとめて銭湯から出た。
外は一層暗く、温まったばかりの体もすぐに冷えてしまいそうだ。
街路灯がまぶしい。
その明かりの真ん中に、コート姿の男性が立っている。
彼の頬は、寒さのせいか微かに赤くなっていた。
まさか、ずっとここに居て待っていてくれたのだろうか。
すごく申し訳ない。
「ごめんなぁ。待っててくれたんや」
「別に。あなたのためではありません。メンバーやマネージャー達が心配するから、あなたが夜一人で出歩かなくて良いようにしてるだけです」
いやいや、じゅうぶんですって。
歩き始める和泉さんを、私は小走りで追いかける。
なんだか、和泉さんってとっても優しい人だな。
「お姉さんは大人だから、次からは一人で良いよ。ありがとう」
「ぜひ、そうして下さい」
・・・やっぱり、ただ面倒事を引き受けてくれてるだけかもしれない。