第2章 始めて掴まれて
手足は短く、ぼんぼりのような体毛にほとんど埋もれている。
長い耳は垂れ下がっていて、小さな鼻をヒクヒクさせながら、私の匂いを確かめるような仕草を見せた。
赤いつぶらな瞳は、興味津々にこちらを見上げている。
「うさぎ・・・?」
アンゴラウサギと思わしき小動物が、もう一度鳴いて鼻先を私の右足に擦り付けてきた。
いやいや、なんで芸能事務所に兎がいるんだ、おかしいだろう。
と、いう疑問は一番に浮かんだが、最早それは私にとって些末な問題だった。
だってほら見て、かわいい、とんでもなく。
怯えさせないように、そうっと手を伸ばして兎に触れる。
ふかふかで温かいその毛は、私の指先も掌もすっぽりと包み込み、私にこの上ない癒しを与えた。
天国! うさぎ天国!
しばらく、わしゃわしゃと撫でていたけれど、喉が渇いていた事を思い出す。
コーヒーを飲むためデスクから離れると、兎は私の後ろをテチテチと着いて来た。
給湯器の隣で、紙コップに淹れたインスタントコーヒーに息を吹きかける。
ズズと啜れば、熱さと苦味が喉を通った。
兎は私の足元で、前足をぴょこぴょこと上げている。
何かおねだりしているのだろうか。
「アンタも喉が渇いたんか?」
しゃがんで尋ねれば、兎は元気良く鳴いた。
言葉が分かるのか、私の脚に小さな前足を乗せて、鼻をヒクヒクさせている。
私は紙コップを一つ手に取ると、それを縦半分に切って、断面が上になるように重ねた。
セロテープで固定して、即席のお皿の完成だ。
確実にこぼれてしまうので、入れる水の量はほんのちょっと。
床は、またすぐに掃除すれば良い。
「さ、お飲み」
水を入れた紙コップ皿を差し出すと、兎は嬉しそうに飲む。
兎が満足して口を離したのを見届けて、私は床に流れてしまった水を手早く拭き取った。
自分もコーヒーを飲み干してデスクに戻る。
席に着くと、兎は私の膝の上に乗ってきた。
かなり温かい。
そろそろ日が傾いてくる頃だ。
兎は私の膝の上で、心地よさそうに目を閉じている。
私は今度こそ、仕事を再開させた。