第2章 始めて掴まれて
「頼もしいね」
社長さんは明るく笑う。
私も少し肩の力を抜いて微笑んだ。
「昨晩は、おしかけるような形で面接して頂いて。採用くださり、ありがとうございます。私にできる事なら、精一杯勤めさせて頂く所存です。改めて、よろしくお願い致します!」
深々と頭を下げた私に、社長さんはうんうん、と軽く頷いてくれる。
「それより、山中くんのその言葉使い、ちょっと丁寧すぎるよ。もう少しソフトな感じでいてくれると、営業にも安心して回せるようになるんだけどね」
「言葉、ですか? はい、努力いたします!」
大きく頷いた私に、社長さんは留守をよろしく、と言って事務室から出て行った。
これで、私は事務所で一人になってしまったという事か。
正直、色々と頭の中が散らかり放題で、これから先自分が上手くやっていけるのかとか、不安は尽きない。
電話対応とか、難しい仕事の話や企業さんの極秘の案件とか、私一人で負えない事は山ほど思いつく。
それでも、やるしかないのだ。
私は自分のデスクに向かい、書類整理を始める。
机の上に置かれた紙束の量は多く、簡単に終わりそうにない計算表も見えた。
それでも、書類に貼り付けられた付箋紙には、紡さんや大神さんのものと思われる文字が書いてあって。
指示は丁寧で的確、デスクワークの経験がほとんど無い私でも、難なくできる。
そんな優しさに背中を押されて、私は書類の山に誠実に向き合った。
小一時間、ぶっ続けで集中していると、喉が渇く。
途中、事務所にかけられた電話はほとんど無く、相手先の企業さんも担当者さんも、みんな良い人そうだった。
かかってきた電話の中には、事務所のアイドル達のファンだって言ってくれる子もいて。
私は今日始めたばかりの仕事だけど、少し楽しさを感じている。
タレント達に携わる人や応援してくれている人の、がんばれとか、がんばろうとか、そんな見えない声に。
なぜか私まで励まされているような気持ちになる。
コーヒーを飲んだら、もう一踏ん張りだと思った時、私の足元から可愛らしい鳴き声が聞こえた。
席を立って大きく伸びをした私の右足、そこにもふもふと、温かい感触がする。
「みゅみゅっ!」
と、高い音を出しているのは真っ白くてフワフワした動物。