第2章 始めて掴まれて
私を見下ろす二階堂さんは、やや間を取って、やがて一息つく。
埒が開かない、と苛ついているようにも見えた。
「俺は、あんたを信じるつもりも無いが。今日はもう時間が無いから行く。あいつらに変な事したら、許さないからな」
警告。
ドアの向こうへ消える男の影。
遠ざかる足音を背に、その場にへたり込む。
ぽたり、と一滴の水が落ちた。
額から滲み出ている冷や汗は、掌にもまとわりついている。
(掃除、しないと。早く終わらせなアカンて、聞いたから)
足元に置かれたバケツを眺める。
水面は何も写していなかった。
*
無心になって鏡面と床を磨き終えた時、時計の長針が一周以上進んでいた。
モップと雑巾を慌てて、すすぎ洗いしてバケツの汚れきった水を排水に流す。
掃除用具を片付けて訓練場の電気を消すと、ドアに鍵をかけて事務室へ戻った。
訓練場の鍵を戻して、事務室を見渡す。
誰も居ない、かと思いきや一人だけまだ残っていた。
褐色のコートに明るい色の髪、柔和な笑みを絶やさない彼はこの事務所の社長さん。
昨晩、面接以来に見た。
あの時も、私は意識を失ってしまっていたな確か。
倒れた私を、紡さんが運転していた車まで運んでくれたのは、きっと男の人である社長さんだ。
恥ずかしさと、申し訳なさで、後ろめたく思う。
苦い顔をしていたのだろう。
私に気づいた社長さんは、どこか気まずそうに、声をかけてくれた。
「悪いね。出勤初日に事務所の留守を任せてしまって」
「いえ。私にできる仕事が少ないせいです。これから頑張って覚えていきたいと思います」