第2章 始めて掴まれて
事務室に戻った私に次の仕事の指示をくれたのは、大神さんではなく紡さんだった。
これから番組の撮影があるらしく、紡さんは出演者と一緒にスタジオに入る。
私はその間、事務所の訓練場の掃除と必要書類の印刷、整理、それから電話番をすれば良いとの事。
タレントや社員達が、営業や仕事でほぼ全員出払ってしまう時間があるので、それまでに掃除を終わらせてほしいと言われた。
ようやく体を動かす仕事がもらえて、私は少しほっとする。
またデスクワークになって行き詰まったら、今度はどうやって乗りきれば良いのか、ヒヤヒヤしていたから。
最後に訓練場の鍵の場所を教えてくれた紡さんは、急いで事務室から出て行った。
私は訓練場の鍵を握りしめ、早足で向かう。
紡さんが一人で先に撮影所へ出るのか、アイドルの皆さんと出るのかは分からない。
できれば誰とも顔を合わせず、掃除だけに集中したい。
昨夜の寝不足がいよいよ本格的に影響出てきたのか、あくびが洩れてしまう。
初勤務早々、気が抜けてる奴だな、とか言われたくないし、それに。
二階堂さんにどう接すれば良いのか、未だに結論が出てない。
訓練場のドアを開けると、中はとても静かだった。
誰も居ない、荷物も見当たらない。
肩の力を抜いて、掃除用具入れを探した。
部屋の右手側の端に、灰色のロッカーがある。
金属の安っぽい扉を開くと、中にモップやらバケツやら、一式を発見。
プラスチックバケツを取り出し、そのまま訓練場を出る。
近くにトイレを探して、そこの手洗い場から水を汲んだ。
水の入ったバケツは、そこそこ重い。
「よっとと」
歩くたびに中の水がちゃぷちゃぷ揺れて、こぼれてしまいそう。
さすがに眠気も吹っ飛ぶ。
訓練場の前まで運んで、ドアノブをひねるためにバケツを下ろそうとした。
一人でに開く扉。
廊下には誰も居ない。