第2章 始めて掴まれて
さっさと食事を済ませて、事務所へ戻るために歩道橋を降りる。
歩きながら考えるのは、自分が暮らしていた家や元の職場の事。
枯れ葉舞う凸凹道を自転車で通った、早くも懐かしい赤叉棚の町。
もう、帰れないのだろうか。
ぼんやりと滲む寂しさに気づかない振りをして、事務所の中に入る。
「おかえりなさい」
派手さの無い黒髪、私をただ見る黒い瞳。
鉢合わせたのは偶然なのか、彼は今朝見た学生服姿に通学鞄を一つ持って立っていた。
「お昼、お先に頂きました」
驚いているのは私だけなのか、和泉さんはいつも通り静かに佇んでいる。
そばに環くんの姿は無い。
別行動なのだろうか。
「私たちは、早退して午後から仕事なんです。逢坂さんと四葉さんはインタビュー撮影があるので、事務所に来たのは私だけですよ」
彼の口から簡単な説明とスケジュールを聞いて、疑問は解消された。
「学校が終わったばかりなのに、これからレッスンですか? お疲れさまです」
二、三歩開けて彼の隣に立ち、労いの言葉をかける。
学生とアイドルの両立って、きっと色々大変な事があるんだろうと思う。
「美味しかったですか?」
唐突な質問。
和泉さんから急に投げかけられた言葉に、私は何の事か分からず首をかしげた。
「お昼、食べたんですよね?」
今度は疑うような口ぶり。
まさか、流石に空腹のまま午後も仕事はできない。
私は弁明するように答えた。
「食べましたよ、サンドイッチ」
「・・・そうですか」
興味を失ったように、和泉さんの目線が私から反れる。
そのまま訓練場へ向かう彼を少し見送り、無言で軽く礼をして私は事務室へ。
気づけば、郷愁の想いなんて忘れていた。