第2章 始めて掴まれて
すぐに訓練場を抜け出した私は、紡さんにだけ短く断って来た。
他の面々には一言も告げずに。
今はもう、デスクでパソコンに向き合っている。
真摯にリズムを刻み、ステップを合わせる彼らの姿は、私の脳裏にこびりついていた。
私なんかが関わっていい子たちじゃない。
過去の自分を思い起こさせる。
暗い客席、刺さる視線、止まない声、震えて動かない私の━━。
駄目だ、いやな記憶に引っ張られてる場合じゃない。
かぶりを振って画面を見る。
ひたむきな彼ら五人が踊る姿が、何度もチラついた。
あの瞬間の私を、そして今現在に至るまでの私を、叱るみたいに。
分かってる、これは私の被害妄想だって。
彼らはみんな良い子だから、私を責めたりなんてしない。
紡さんも言っていた、すごいアイドルなんだ、って。
(大丈夫や。私なりに頑張れば、たぶん、きっと)
・・・・・・。
とにかく、早く名前を覚えないと次の仕事すらも、もらえない。
画面に映るタレントさんたちの名前、特技、仕事、経歴、志望。
それに加えて、現在の活動内容と、他の業界での活躍の有無、休日スケジュールの曜日や時間帯の傾向を確認。
すると、名前が並んでいる文字列が、私の頭の中で人物像として、一人一人浮かび上がってくる。
━━よし! 覚えた!
次は営業先の方々の名刺を並べ、彼らを簡単にSNSで検索。
いくつかの写真で人物像を把握した。
全員の名前を頭に叩き込むと、大神さんのデスクに向かって報告する。
「あの、大神さん。所属タレントさん、企業さん、担当者さん、全員覚えました! 次の指示をお願いします!」
彼は驚いた様子だった。
「お疲れさま。山中さん早いね! 半日で最初の仕事を任せられるとは思ってませんでした。じゃあ、次の仕事の前に、とりあえずお昼行ってきて下さいね」
壁の時計は、まだ十二時を指してはいなかった。
昼休憩の時間が決まっているわけではなく、皆好きな時に食事を取るのだという。
自由に、という意味ではなく、隙を見て、という意味。
この業界はみんな忙しいのだ。
「じゃあ、すみません。お先にお昼頂きます」
「はい。行ってらっしゃい」