第2章 始めて掴まれて
「おはようございます、山中さん」
私を癒す天使が舞い降りた。
・・・失礼、疲れのせいでちょっと気持ち悪い表現をしてしまった。
晴れやかな笑顔で挨拶してくれたのは紡さん。
そうだ、お礼を言わないと。
「おはようございます。あの、昨晩は色々とお世話になり、ありがとうございました。夜遅くまでお付き合い下さって、お帰りの時にお礼もお見送りもせず、すみませんでした」
デスクから立ち上がって、深く頭を下げる。
紡さんは少し慌てて、それから伺うように聞いてきた。
「いえいえ! そんな、仕事ですから。それより何か困った事はありませんか?」
困った事というか、私は今困っている。
「ちょっと、お名前を覚えるのが大変で、ちょうど悩んでいるところです」
恥ずかしながら打ち明けると、紡さんは両手を合わせて、私に提案してくれた。
「では、実際に見てみますか?」
どこか嬉しそうな紡さんの後ろに着いて行くと、その先にあったのは訓練場という札が掛かったレッスンルーム。
開かれた扉の中の部屋の壁は鏡貼りで、床は体育館のような光沢がある。
この事務所ではコーラスさんやモデルさん、ダンサーさんも所属しているから、こんな部屋が事務所内にあっても不思議じゃない。
タレントさんが実際に仕事している姿を見るのは、確かに大事な事なのだろうと思った。
入社初日の私が見学しても、お邪魔にならなければ良いけれど。
少し不安。
でもそれは要らぬ不安だったようで。