第2章 始めて掴まれて
背中からさされる鋭い目は、一時も私から反れる事なく。
朝食の時間のまったりした雰囲気が、恋しく思いながら中へ入った。
小さな、社屋の中は騒がしくもなく静まり返っているわけでもなく。
書類の山や段ボールの荷物が積まれた箇所がいくつかと、何人かしか掛けられないデスク、パソコン、それから時々聞こえる電話応対の声があった。
働いている社員達の数は多くないけれど、みんな真剣な顔でそれぞれの仕事に向き合っている。
「イチカ、ワタシがお供できるのは、ここまでです」
ずっと隣に立って歩いてくれていた六弥さんが、恭しく頭を下げる。
慌てて私も深く頭を下げた。
「とんでもない! ありがとう! すごく助かりました。えっと、ベリーマッチ!」
「oh! では、イオリにもお礼するべきですね。ワタシがアナタをエスコートするように頼んだのはイオリです。これはシークレット、内緒にしてほしいとイオリには言われてしまってたのですが」
人差し指を口元に添えて、チャーミングにウインクする六弥さん。
様になる仕草に目が惹き付けられていながら、心が向くのは和泉さんへだった。
そうか、既に気を回してくれていたのか。
「ありがとう。和泉さんにも、改めてお礼言いますね」
心遣いに温かくなりながら、微笑む私はもう仮面を外していても笑顔でいられた。
私達から少し離れたところから、二階堂さんが六弥さんを呼ぶ。
私が二人に会釈をすると、彼らは去って行った。
そこに、道のりで感じていたおかしな空気は当然ない。
二階堂さんが六弥さんの肩を、労うように軽くたたいた。
普段なら、あんな風に人に接するのだなと思う。
私のせいで、二階堂さんを不機嫌にさせてしまっていた事は、どうやら明白らしい。
次に顔を合わせるまでに、せめて私が二階堂さんへ接する時の心構えをはっきりさせないと。
距離を置いた上で仲良くしたいのか、大人の対応に切り替えるのか。
きっと私が中途半端な態度を取るから、二階堂さんもイライラしてるのだ、たぶん。
とりあえず、その事は後で考えるとして。
今の私は初出勤の事に頭を切り替えないとね。